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【14】SIDE三井遥(4)-5
おかしな店だった。
室内に散らばる椅子やソファが客席で、どうやって見つけるのか、昼間はごく普通の、暮らしに余裕のありそうな主婦たちが、ふらりとランチにやってくる。
店内は撮影禁止。SNSやネット上のどんなサイトにも、文章での情報も上げてはいけない決まりだった。情報誌や雑誌への紹介や取材も、当然一切受け付けない。
誰かの紹介がなければ店の場所を見つけることも、入ることもできない徹底した「隠れ家」ぶりが、かえって人気を集めるらしく、昼の店内は、いつでも数組のグループでにぎわっていた。
夜の営業は、もっと特殊だった。ほとんど会員制クラブのように決まった人間ばかりが頻繁に訪れる。客はすべて男性だった。
遥は、動けるようになるまでの数日間、店のソファで横になっていた。その間、美作は店を閉めたままだった。
動けるようになると、螺旋階段の上のドアでつながる美作の自宅に移された。
自宅部分も白一色で構成されていた。さまざまな質感の白。生活感とは無縁の白い空間は、一見冷たく無機質なのに、じっと座っていると不思議と心が落ち着く気がした。
黒いドアには把手がない。
昼の場合も夜の場合も、美作が開けない限りドアは空かず、客は自由に中に入ることができない。遥が寝ている間、美作が誰も店に入れなくても、それで文句を言う客もいないのだった。
おかしな店だ。
「僕は、ここで何をすればいいの?」
「うーん。働きたいなら、お料理でも覚える?」
遥は頷いた。
働かざる者食うべからず。何かが欲しければ、それに見合った労働を。
動けるようになっても、もう逃げようとは思わなかった。美作を信用したからではなく、どこかで覚悟を決めたからだ。
夜の客に売られるなら、それでもいいと思った。死に損なった自分をどう扱われようと構わない。半分死んだまま、生きなければならないなら生きるしかないと、諦めに似た覚悟が腹の底に生まれていた。
夜の客は裕福な紳士ばかりだった。
地方とはいえ、最も恵まれた階級で育った遥には、彼らの身に着けているものの価値が正しく理解できた。
店には彼らに援助を求める若い男たちも時々やってきた。
彼らを紳士に斡旋するというよりも、双方の出会いの場を提供するために、店は存在しているようだった
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