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【14】SIDE三井遥(4)-6

 美作に言われるまま、厨房に立って料理を覚えた。  カウンターの中でバーテンダーの真似事をすることもあった。  遥に興味を持つ紳士は大勢いた。誘われても首を横に振り続けたが、いずれ美作から誰かの世話になれと言われるのだろうかと、ぼんやり考えていた。  けれど、美作は彼らの申し出を断り続けた。 「遥はそういうんじゃないんだ」  ある時、遥は聞いた。 「どうして断るの?」 「誰かの世話になりたいの?」 「そうじゃないけど」 「だったら、断ってもいいでしょ」  それでいいのかと問うと驚いたような顔をした。 「だって、遥はそれを望んでないでしょ?」  金のためと割り切って、心や身体を差し出す者もいる。彼らの生き方を全て否定するわけではないけれど、遥には向かないだろうと美作は言った。 「できなくはないだろうけど、幸せにはなれない」  ここでパトロンを見つける青年たちは、それで彼らなりに幸せになるのだと美作は言う。金を介している段階で賛否両論あることは理解している。それでも、彼らはここで自分の居場所を見つけるのだと。  青年たちだけではない。彼らを求めるパトロンたちも同様。だからこそ、ここを出会いの場に使うことを容認していると言った。 「ここに来るのは、多かれ少なかれ自分が性的マイノリティであることに苦しんできた人たちだ。家族にさえ言えない人も、少なくない。家に帰っても安心できないんだ。そういう人たちが、自分の存在を許される場所として、ここはあるんだよ」  許されるためにある場所だから「教会」であり「家」なのだと言った。 「ついでに言うと、昼間の営業は隠れ蓑みたいなものかな。ただ、あまり人に知られると面倒だから、徹底して、秘密の店ってことにしてある。遥もあまり人には言わないでおいてね」 「どうして、こういう店をやってるの?」 「ここを作った人間の願いだったから」  自分はただの番人として、引き継いだだけだと美作は言った。  過去形で語られた人物について、遥は質問しなかった。その人がもうこの世にはいないことが、言葉の響きからわかった。

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