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【15】SIDE三井遥(5)-1
「三井、表情が硬いぞ。スマイルだ、スマイル」
ウエストハウジングに入社した遥は、初日から展示場の配属になった。研修は現地で直接行われると言われた。
所長の別府は四十前後の穏やかな人物だったが、遥にとっては初めての「上司」であり、どのように接すればいいのかという点からわからなかった。
「その顔ですましてたら、お客さん逃げちまうだろ」
「すみません……」
「暗い顔はしない。笑って笑って」
ひくりと頬を引きつらせると、別府が噴き出す。あはは、と笑いながら、遥の背中をバン! と叩いた。
「まあ、さっきよりはいい。少しずつ頑張れ」
仕事内容は自社の住宅を紹介し、性能や仕様について説明することだと聞いた。最終的には、家を建てようとする人に建築の請負契約を結んでもらうのが目的だ。
契約件数によって給与の査定をし、一定期間契約がない場合は解雇処分の対象にもなると説明された。
「普通に頑張ってれば、半年間ゼロってことはないから」
別府は言うが、どのような流れで契約にこぎつければいいのかが遥には全くわからなかった。客によっていろいろだ、決まったやり方はないのだと言われて途方に暮れる。
「まずは、お客さんに話を聞いてもらうことだ。笑顔は大事だぞ」
「……はい」
難しい。
つい眉間に皺が寄ってしまう。どういう気持ちで笑えばいいのか、遥にはよくわからなかった。
梓が死んで以来、遥は一度も笑っていなかった。それ以前に、三井家の離れにいた時から、ほとんど笑うことはなかったように思う。
笑い方そのものを表情筋が忘れている。そんな状態で、気持ちがないまま笑顔を作るということが、それだけでずいぶん大変なことのように思えた。
説明する内容は頭に入っていても、説明すべき相手がいない。
話を聞いてもらえと言うが、そこに至るまでの工程が簡単ではない気がした。
たいていのことは難なく習得してきた遥だが、初めて就いた住宅販売という仕事は、想像以上に難しく大変なものだった。
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