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【15】SIDE三井遥(5)-6
「幸福の箱か……。そうだな。頑張らないとな」
坂本が背筋を伸ばす。
「蓮見って、最初から注文住宅がやりたかったの?」
「そうでもない。なんとなく、はいれそうなとこ受けてはいっただけだ。まあ、多少は、家っていうのは完成までが早いから面白そうだなとは思ったけど」
「ふうん」
「でも、今はこの仕事に就いてよかったと思ってる」
めっちゃキツいけどな、と笑って坂本の肩を叩いた。
明るい、幸せそうな笑顔だった。
(ああ、そうか……)
遥の中で何かが腑に落ちた。
相手を想って仕事をすると、人はあんなふうに笑えるのだ。「キツい」と口では言いながら、そこに眩しいほどの誇りを滲ませて。
自分も、あんな顔で笑いたいと思った。
ラムネを飲み干し月を見上げている、背の高い彼のように。
笑いたい。
自分の仕事に誇りと信念を持って生きてゆきたいと思った。
それから、遥は少しずつ変わり始めた。
どうすれば相手の希望を叶えられるか、できる限りの知恵を絞り、知識を動員し、まわりとの調整をギリギリまで図りながら、仕事をする。
形のないものを売る難しさ、一生に一度の大きな夢を担う責任など、それまでとは違う課題を意識するようになった。
家は、一生に一度の夢。注文住宅は形のないままその夢を売る。
ならば、その夢が夢のまま、家族の幸せを守れるように。そのために自分ができることは何か、考え、悩み、できることは全てやりたいと思った。
まだ一年目の蓮見は、見かける度に、上司や職人、時には施主にも怒鳴られながら、懸命に頭を下げ、身体を動かし、文句や泣き言を言うこともなく働いていた。遥は彼の姿を目で追うようになった。
やがて、彼は怒鳴られなくなり、叱られることもなくなり、自信に満ちた表情でまわりの話を聞き、自分でも何か発言するようになっていった。
顧客を案内して現場を回る時や、打ち合わせに出向いた先で現場の近くを通る時、背の高い青年の姿を探す。
汗を拭いながら白い歯を見せて笑う彼の笑顔を見ると、自分も頑張ろうと心に光が差すようだった。
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