131 / 207

【15】SIDE三井遥(5)-6

「幸福の箱か……。そうだな。頑張らないとな」  坂本が背筋を伸ばす。 「蓮見って、最初から注文住宅がやりたかったの?」 「そうでもない。なんとなく、はいれそうなとこ受けてはいっただけだ。まあ、多少は、家っていうのは完成までが早いから面白そうだなとは思ったけど」 「ふうん」 「でも、今はこの仕事に就いてよかったと思ってる」  めっちゃキツいけどな、と笑って坂本の肩を叩いた。  明るい、幸せそうな笑顔だった。 (ああ、そうか……)  遥の中で何かが腑に落ちた。  相手を想って仕事をすると、人はあんなふうに笑えるのだ。「キツい」と口では言いながら、そこに眩しいほどの誇りを滲ませて。  自分も、あんな顔で笑いたいと思った。  ラムネを飲み干し月を見上げている、背の高い彼のように。  笑いたい。  自分の仕事に誇りと信念を持って生きてゆきたいと思った。  それから、遥は少しずつ変わり始めた。  どうすれば相手の希望を叶えられるか、できる限りの知恵を絞り、知識を動員し、まわりとの調整をギリギリまで図りながら、仕事をする。  形のないものを売る難しさ、一生に一度の大きな夢を担う責任など、それまでとは違う課題を意識するようになった。  家は、一生に一度の夢。注文住宅は形のないままその夢を売る。  ならば、その夢が夢のまま、家族の幸せを守れるように。そのために自分ができることは何か、考え、悩み、できることは全てやりたいと思った。  まだ一年目の蓮見は、見かける度に、上司や職人、時には施主にも怒鳴られながら、懸命に頭を下げ、身体を動かし、文句や泣き言を言うこともなく働いていた。遥は彼の姿を目で追うようになった。  やがて、彼は怒鳴られなくなり、叱られることもなくなり、自信に満ちた表情でまわりの話を聞き、自分でも何か発言するようになっていった。  顧客を案内して現場を回る時や、打ち合わせに出向いた先で現場の近くを通る時、背の高い青年の姿を探す。  汗を拭いながら白い歯を見せて笑う彼の笑顔を見ると、自分も頑張ろうと心に光が差すようだった。

ともだちにシェアしよう!