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【17】SIDE蓮見(11)-4
勝手な解釈だとわかっていても、美作優一が三井を連れてきたような気がしたのだと言った。
自分が助かったことを知ると、三井は「死にたかった」と言ったらしい。
それが、優一の言葉のようで胸が痛んだと神様は再び目を伏せた。
「三井のことを調べたと言ったが……」
西園寺が続ける。
「あいつはもともと、東北の一地方の資産家の御曹司なんだ。それも相当大きな家のな。その地方全体を牛耳るほどの……。三井は、そこの自慢の一人息子だったらしい」
あの通りの美貌に加え、知能が高く成績はずば抜けていた。性格も温厚。明るく礼儀正しく、腰が低い一方で堂々としていた。
非の打ち所のない完璧な人間だったと、誰もが口を揃えていたという。
「それが、二十歳の時に両親の離婚をきっかけに籍を抜かれている。大事な跡取りだ。普通なら、あいつは残す。詳しいことはわからないが、どうもあいつが原因で、両親は別れたらしい」
調べると、幼馴染との婚約話があったが、それが流れた直後だったという。三井が受け入れなかったようだと。
その後、父親は再婚して男子を儲けている。生家を追い出された三井は母親の実家で暮らしていたが、そこで母親を亡くしたようだと続けた。
「殺したっていうのは……」
「何かの例えなんだろうな。警察の記録も当たったが、事故死だったことは間違いない。ただ、その母親というのは、三井家の本当の娘ではなかった」
「どういうことだ?」
「さっきも言ったが、三井が生まれた宗森という家はとんでもない名家だ。あいつの母親は、その家に嫁ぐに当たって、形だけ三井家の養女になったらしい。それだけじゃなく、三井との婚約が流れた相手というのが、その三井家の娘だった。戸籍上は従姉妹に当たる幼馴染みだったそうだ」
居心地のいい場所ではなかっただろうと、西園寺は続けた。それでも、その家にしか居場所がなかったのだとも。
「三井は、母親が死んだ後、葬式も上げないうちにその家を出ている」
行く当てもないまま東京あたりを目指し、流れるように隣県の古川に辿りつたのではないかと言う。
「三井家を出てから、一週間以上。どこをどう彷徨ったのか知らないが、この店の外で死にかけていたってわけだ」
そこまで聞いて、蓮見は一度、二人から目を逸らした。
全部をいっぺんに受け止めるには、少々重い。
(どこにも行けないで……)
ガラスの中の木を見上げる。
暗い空から、細い糸のような雨が降っていた。室内からの明かりを受けて雨が銀色に輝く。
言いたくなかったわけではなく、言えなかったのだと思った。
隠すつもりでいたのではなく、どんなふうに言えばいいのかわからなかったのだろうと……。
西園寺が何度も蓮見に警告した理由がわかった。
おそらく三井は、美作優一と同じ種類の人間なのだ。
いつか三井は、蓮見が長男だと知ると、家を継がなければいけない立場だと寂しそうに言った。あれは、自分の生い立ちから出た言葉だったのだ。
三井の生家である宗森という家。その一人息子である三井には、当然家を継ぐことが期待されていただろう。
子どもを残し……。
女性を愛せずに家を追われ、全てを失い、どのような経緯でか知らないが、おそらくそれが原因で母親を追い詰めた。そのことで、三井は心に深い傷を負っている。
異性を愛せない。ただ、それだけのことで……。
(だから……)
先のことなど、その時になってみなければわからないと言う蓮見に、それではダメだと西園寺は言ったのだ。
一時的に溺れる相手に、三井を選ばないでやってくれと。
今の蓮見にとって、三井はそんな軽い存在ではない。けれど……。
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