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【18】SIDE三井遥(7)-3

 三井家の墓に行き、誰に、どんな顔で会えばいいのだろう。  梓の墓に向き合っても、どんな言葉で謝ればいいのだろう。  結局、遥は何も変わっていないのだ。呪いを胸に抱いたまま、今度は一番好きな相手を不幸にするかもしれない。  戻ることも進むこともできなくなり、駅の近くのビジネスホテルに小さな部屋を取った。  降りそうで降らない重く暗い曇り空が四角い窓を覆っていた。  その空が、自分の心を表しているようだと思った。  二日目になって、ようやく雨が降り始める。どこへも出かけないまま、何もない窓の外を眺めて過ごした。  梓のことをぼんやり考える。  三井家の離れで過ごした一年弱の間に、梓という人間が案外強いことを遥は知った。  宗森の家で梓は何不自由なく贅沢に暮らしていた。三井家に移り、口紅一本、ふだん使いの化粧品一つ自由に買えなくなったが、不満を漏らすでもなく、嘆きや憂いを口にすることもなかった。  着るものどころか、食事も飲み物も、何も好きなものは選べない。  そんな暮らしの中で、それでも遥と過ごす時間が増えたと言って喜んでいた。  宗森家の奥座敷で臥せっていた姿や、時々起き上がっていた時の美しく着飾った姿、三井家の離れで息の詰まる暮らしをしながらも、いつも穏やかに微笑んでいた姿を繰り返し思い浮かべる。  強い人だったのだと、改めて思った。誰よりも弱く見えて、とても強い人だった。  梓をひと言で表現するなら「従順」という言葉が似合う。  ただ流されるという意味ではなく、意思を持って従うことを選ぶ、一種の覚悟。  ――おっしゃる通りになりますように。  聖母マリアは、受胎告知を受けた際に天使ガブリエルに言った。  自分の身に起こること全てをありのままに受け入れる。その意思と覚悟が、その言葉の中に静かに横たわる。全てを福音として享受し、運命に従う意思。  そんな意思と覚悟を秘めた従順さが、梓にはあった。  その梓が一度だけ、自分の言葉で壮介に逆らったことがある。  宗森家を出る日に、もう一度考え直せと遥に迫った壮介に、遥より先にきっぱりと首を振って言ったのだ。 『遥を、自由にしてやってください』  細かい雨が降る中、壮介に睨まれながら、震える声で、それでもはっきり告げていた。  遥を自由に、と。  梓もまた、遥が女性を受け入れられないことを知っていたのだろう。  壮介との離婚を話し合う中で、梓に圧力がかからなかったはずはなかった。遥に考え直せと言うように、壮介から迫られたのではないか。  今なら、それがわかる。

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