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【18】SIDE三井遥(7)-4
それでも、梓は一度も、遥に向かって壮介に従えと言わなかった。
自分も一緒に家から出されるとわかっていても、遥の自由を望んでくれた。
何かを深く話し合う機会がないまま、別れの時が来てしまった。けれど、梓は遥を許してくれていたのだろうかと、思った。
鏡の前でシャツを開くと薄い痕がいくつも残っていた。一週間前に蓮見が残したものだ。
大切な印。遥が蓮見のものだという証。
それが消えかけている。
明日にはほとんど見えなくなっているだろう。
じゃがいもの皮を剥いていて振り返ると、優しい笑顔と黒い瞳がある。大きなシーツを一緒に畳む手。その手は高い場所にある箱を取り、電気の傘を掃除し、ノートに伏せた遥の頭を撫でる。
遥のどんな場所も全部知っていて、愛しいと教えるように触れてくれる。
たくさん抱いてもらった。
数えきれないくらい遥の中に入ってくれた。いつも泣きたいくらい蓮見が愛しくて、別々の身体に戻るのが寂しかった。
誰かと一つになりたいと願う。好きで好きで仕方のない人と結ばれる。それだけで幸福だった。
蓮見の幸せを願う。
あの大きくて優しい手を放して、別の誰かと幸福な人生を歩む姿を見送る。そうすべきだ。そうしなくてはいけない。
なのに、遥にはどうしてもそれができない。
三日、どこへも行けずに考えて、それでも心が決まらなかった。
スマホに残る蓮見の顔を見たくなって、落としていた電源を入れる。端末が震えていくつかのメッセージが黒い画面に表示された。
自動的に表れる冒頭の文字を、ぼんやり眺める。
最後のひとつが目に飛び込んだ瞬間、遥の唇が歪む。堰を切ったように涙が溢れ出す。
「蓮見……」
短いラインのメッセージだった。
――鍋が食べたい。
緑色のアイコンをタップしてメッセージを開く。通話のリクエストのほかにはそのひと言だけだった。
六月なのに、鍋。
それにふっと笑えた自分に、少し驚いた。
「蓮見……」
端末を胸に当てて、目を閉じた。
離れることなどできない。
遥のほうから、あの優しい手を離せるはずなどないのだ。
いつか、蓮見が遥の手を離すまで、遥では叶えることのできない幸せを蓮見が望む日が来るまで、そばにいたい。
その日が来た時にどんなに苦しくても、その時に死んでしまいたいと思ったとしても。
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