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【19】SIDE蓮見(12)-5
「これは……」
「どうか、差し上げてください」
佐藤が繰り返す。
蓮見は黙って頷いた。
おそらく三井は、昔の写真を一枚も持っていないのだ。そして、この佐藤はそれを知っているのだと思った。
必ず渡すと約束すると、今度こそ佐藤は出口に向かい、石の柱の前で軽く会釈をして立ち去った。
三井家の墓地から遠くない場所にベンチを見つけて腰を下ろす。移動中に読むつもりで持ってきた文庫本に視線を落とした。
フランク・ロイド・ライトの「自然の家」。文字を追うよりも図版や写真を眺めて過ごした。
(家を建てよう……)
ふと、思いつく。
すぐに、それはいい考えだと思った。
どこにでもある普通の家を建てよう。そして、そこで三井と暮らすのだ。長い長いローンを組んで、ずっと。
一生……。
そこにいてくれるのは、三井だけでいい。
三井がいれば、そこが蓮見の家だ。そこが、幸福の箱になる。
三井にとってもそうあってくれればいいと、願う。
視線を上げると、三井家の墓地に人が近付いてくるのが見えた。
(よかった……)
三井が祈る間、じっとその姿を見つめて待った。顔を上げて振り向いた三井が、目を大きく見開く。
「蓮見……?」
「迎えに来た。帰ろう」
泣きそうな顔で唇を噛む。四つ年上の大人の男に手を伸ばし、細い身体をしっかり抱き寄せる。
「帰ろう、遥」
この人が、二度とどこへも行かないようにと、しっかり抱きしめる。
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