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【21】SIDE三井遥(8)-1

 新井が騒ぎを起こしたのは月曜の所長会議の後で、その直後に遥は別府とともに営業部長の西園寺清人の部屋に入った。営業社員の教育をどのように行うのがよいかを話し合うためだった。  それ以前の会合の中で、遥自身が入社当初に抱いた悩みを率直に伝えてあった。  基本的な教育を充実させることが重要だと、三人の誰もが思っていた。  聞かれたことに正確に答えられるだけの商品知識、高額な商品を扱う立場にふさわしいビジネスマナー、可能であれば建築法規や構造に関する知識もあったほうがいい。  それだけでも顧客の信頼度は上がる。遥の時がそうだったように、ウエストハウジングという看板が客を連れてくる。その客に不安を与えないだけで、契約につながる可能性は高まるだろうと思われた。  家は大きな買い物だ。一生に一度という場合も少なくない。  失敗したくないと考えるのは当然だ。まして、注文住宅の場合は買うべき商品は、まだそこに存在しない。正しい知識を伝え、安心して契約をしてもらうことはとても大切だった。  現状では個々の営業マンが個人の努力で知識を補っている。研修制度を充実させることで営業社員全体のレベルアップを目指すことを決めた。  研修内容の一つ一つを、現場に立つ別府と遥がリストアップしていった。最後に、相手に寄り添い、できるだけ細かい希望を聞き取り、知恵を絞ってアイディアを出すことについて話し合った。顧客がどれだけ満足するかは、この部分が大きく影響する。個々の能力に差が出る部分でもあるだろうと別府が言った。  遥の実績を評価した西園寺清人が、『何かコツでもあるのか』と聞いた。  遥は少し考え、精神論になるがと断った上で、顧客の幸福を願うことだと答えた。  家を、家族の幸せを入れる箱だと言った人がいると伝えた。  家は『幸福の箱』なのだと。  その言葉は、遥の職業人としての生き方を支えてきた。遥の矜持となり、遥自身が生きる支えにもなってきた。

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