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【21】SIDE三井遥(8)-3

 全体の中ではごく一部の人間が取る愚かな行動だ。仕事に大きな支障が出るほどではない。それでも、確実に存在する悪意は、遥の心に負担をかけた。 「大丈夫か」  時おり別府が気遣う言葉をかけてきた。遥が笑って頷き返すと「変わったな」と感心してみせる。  心を削られ、ため息を吐きながらも、案外平気な顔をしている遥を、図太くなったと褒めた。 「おまえを預かる時、設計の西園寺課長は、あまり詳しいことを教えてくれなかったんだよな」  ある時別府が言った。 「だから、おまえの過去に関して、俺には、新井の言葉の真偽がわからない。ただな、蓮見が殴らなければ、俺が新井を殴っていたと思う」 「所長が、ですか?」 「ああ。あのクソ野郎……」  紳士然とした別府が、らしからぬ言葉を吐く。枕営業という新井の言葉を、死んでも許せないのだと続けた。 「俺たち全員に対する、侮蔑の言葉だ」  それがわからない人間が、同じ営業マンの中にもいる。そのことも許しがたいと眉間に皺を刻んだ。 「蓮見が新井を殴ったのも、そういうことなんだろう?」  そうなのだろうか。  遥は少し考えた。そして、おそらくそうなのだろうと思い、別府に向かって頷いた。 「まともに仕事をしてるやつには、ちゃんとわかることだ。新井の言ったことなど忘れろ。そのうち、世間も飽きるだろうし、あまり気にするなよ」 「ええ。ありがとうございます」  七月に入る頃には、別府の言葉通り、遥に対する好奇の態度は薄れていった。  その間も、蓮見は変わらないペースで遥の部屋を訪れた。そして、宣言通り、一度も身体をつなぐことはなかった。

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