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【22】SIDE蓮見(14)-2

 人だかりの中で新井が口にした「男娼上がり」という言葉は、三井の容姿と相まって、品のない好奇の目とともに周囲に広がっていた。  三井を連れて戻った週には、周囲がどこか三井を遠巻きにしていたし、翌週になると坂本が蓮見にわざわざ電話をかけてくるほど噂話は広がっていた。 『蓮見、なんか、三井さんがヤバイ』  梅雨のじめじめした現場で、蓮見は坂本からの電話を取った。 『展示場の事務員さんがヘンな投稿を見つけたんだよ』  会社のホームページに、三井のことだと思われる書き込みがあったという。 「なんて書いてあるんだ?」 『ウエストハウジングでは、男娼に家を売らせている。旦那さんが誘惑されて、契約を結ばされたって……。いくつかあって、一つは三井さんを名指ししてた』  根も葉もない話が「お客様の声」として投稿されたらしい。すぐに確認してみたが、該当の書き込みはすでに削除された後だった。 「もう消えてる」 『総務で消したんだと思う。うちの会社の声欄は公平に意見を載せてるほうだけど、明らかな誹謗中傷は、普通に削除するから』  同じような投稿が、安田親子が見ていた口コミサイトにも上がっていることを別の営業を通じて知った。これも総務が弁護士を通じて運営に通報し、間もなく削除されたが、誰の目にも触れないというわけにはいかなかった。  三井を心配した蓮見は、毎日きちんと顔を合わせて様子を確かめたいと思った。  三井の部屋に行き、すぐにでも引っ越したいと伝えたが、三井は案外平気な声で「今は、時期がよくないかな」と言って笑った。  意外なほど落ち着いている。 「今は、人の目が僕に向きすぎてるからね。蓮見、めちゃくちゃ何か言われるよ?」 「だから、そばにいたいんだよ。何か言うやつには言わせておけばいい。俺は気にしない」 「僕も、気にしない。だから、まだいいよ。雨の中に、わざわざ傘も持たずに出ていく必要はないんでしょ?」  そう言ってから、何かいたずらを企む子どものように笑った。  蓮見は三井の顔を見た。それは、いつか蓮見自身が西園寺に言った言葉だ。 「雨足が弱まるまで、少し待ってみよう」  三井に諭され、肩の力を抜いた。  ブレてはいけないと自分に言い聞かせたばかりなのに、大事なことを忘れかけていた。  自然に、当たり前に考えればいいのだ。  蓮見がなりたいのは三井の「家」だ。周囲と闘うための要塞でもなく、引きこもるための塔でもない。ただの、家になりたいのだ。  どこにでもある、ごく普通の家に。幸福の箱に。

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