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【22】SIDE蓮見(14)-7
谷上が身構えた。
「まだ、三井さんのことを言ってるのか。だったら、それとこれとは違うだろ。俺は……」
「違わないですよ」
努めて静かに言った。
「一生守りたいと思う相手に会った時、年齢や性別は、そんなに大事じゃない気がするんです。お互い好きになるっていう、ただそれだけのことですよね」
谷が唸る。
「好きなった相手が、たまたま女の人だったら、そんなに偉いんですか?」
「え、偉いとか偉くないとかじゃないだろ」
「それなら、なぜ、いつも同じ価値観を押し付けるんですか」
「俺が言いたいのは、おまえもいつか、結婚して子どもがほしいと思うだろうってことだ。その時に、なんていうか……」
「谷さん」
心の中で深呼吸を繰り返す。怒るな、怒るなと繰り返す。
「谷さんは、奥さんと結婚する時、将来もっといい人が現れるかもしれないって思いましたか?」
「え……」
「先のことなんかわからないけど、ずっとこの人と生きていこうって決めたから、一緒になったんじゃないんですか?」
「それはそうだが……、だが、蓮見。子どもは、どうするんだよ。欲しくならないか?」
蓮見は何も答えなかった。
相手が谷だから甘えてしまうのだと思った。誰にでも簡単に理解されると思う自分が、おめでたいだけだ。
だが、谷の理解を得ることは無理だろうと思った直後、翌週の月曜日の朝一番に、煙草を吸わない谷から喫煙室に誘われた。
困ったように頬を掻き、谷が言う。
「実はな、おまえたちの話をカミさんにしたら、俺が間違っていると怒られた。子どもは確かに可愛いが、子どもを作るために結婚したわけではないし、子どもが授かったのは運がよかっただけで、何も俺が偉いわけではないとか言われてな……」
蓮見は呆気に取られた。
「それとな、こんなことも言われたんだ」
聞けよ、と言って妻の真似をする。
『あなたは、私が男だったら、ほかの人と結婚したの?』
顔を歪め「どう思う?」と聞く。目の表情だけが、ずいぶんと神妙だ。
「どう思うと聞かれても……。なんて言うか……、立派な奥様だなと、思います」
「俺は、正直、急にそんなこと言われても、わからんと思ったよ。でもな、よくよく考えてみたほうがいいかもしれんなとも、思った」
「そうですか」
「ああ」
それだけだ、と言い残し、谷はガラスのドアを押して喫煙室を出ていった。
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