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【22】SIDE蓮見(14)-8

 厚みのある背中を見送り、こんなふうにゆっくりでいいのだと思った。  その夜、谷との一連のやり取りを話すと、三井はやわらかく笑った。 「ミッションクリアだ。月末に、引っ越すからな」  蓮見が言うと、三井は笑顔で「うん」と頷いた。  その頃、三井は営業部長に言われたとかで、接客に関する研修マニュアルを作っていた。  それ以前にも、新人の頃に苦労した経験や、坂本のサポートに付く中で気付いたことを、別府や西園寺の兄と話し合ってきたという。その中で、三井が必要だと思い、自ら学んだことを体系的にまとめるよう指示されたらしい。 「なんだか、大変そうだな」 「そうでもないよ。これがみんなの役に立つなら、できるだけいい形にしたいし、こういうのを考えるのは嫌いじゃない」  営業のやり方は人それぞれで、個々の考えでスタイルを作ってゆくことも大事だ。  それでも、会社が大きくなってきた今、ウエストハウジングの営業として最低限必要な知識やマナーを標準化することも求められている。それぞれが自信を持って営業活動に従事できるよう、基本的な事柄をコンパクトにまとめて伝えたいと、いつになく饒舌に話す。  その明るい表情を見ていると、蓮見も嬉しくなった。 「なんか、遥、生き生きしてるな」 「そう?」  三井がまた笑う。  ふと、インフィニティの中庭で空に枝を伸ばしていた木を思い浮かべた。  ハナミズキという植物だと、少し前に三井が教えてくれた。「耐久性」だとか「永続性」だとか「逆境に耐える愛」などという花言葉があるらしい。  細い幹なのに、意外とたくましいイメージだ。  インフィニティで見たハナミズキは白い建物に守られているようにも、ハナミズキ自体が空間を支えているようにも見えた。  あの木があるから、あの「家」は建っていられるように見えた。  天才と呼ばれた芸術家の全てを理解できるとは思わないが、美作優一にとって、「家」は自分と他者を隔てるものだったのかもしれない。あの建物を訪れる人たちにとっても、他者は閉じた扉の外にいるのだ。  彼らにとってインフィニティは、シェルターのように外敵から自分たちを守る「家」なのだと思った。

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