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第2話

ハッと目を開けた。 (・・・・・・なんだ、夢か・・・・・・) 部屋の中は薄暗い。 何時に帰ってきてベッドに潜り込んだのか、まったく記憶になかった。 けれど、一緒に飲んでいた連中が連れて帰ってきてくれてベッドに押し込んで行くことなど、彼、大翔(ひろと)にはよくあることなので、大して気にせずに寝返りを打った。 (・・・・・・あれ?何の夢見てたんだっけ?) ふぅ、と溜息をついて、いつも目覚まし時計が置いてある辺りに手を伸ばす。 「?」 少し違和感を覚えて、異常にだるく感じる体をゆっくりと起こした。 薄暗い部屋の中、目を凝らしてぐるりと見回した。 「どこだ・・・・・・ここ・・・・・・?」 そこは自分の部屋ではなかった。 何度も遊びに行ったことのある友人の家でもない。 美術館やテレビとかでしか見たことのない家具や調度品が並ぶ壁際、高い天井からぶら下がる高そうなシャンデリア。 そして自分が寝ているのは天蓋付のベッド。 「・・・・・・マジでここ何処?」 転げ落ちるようにベッドから飛び出すと、大翔は裸足のまま窓に近づき、カーテンを開けた。 既に頂上へ辿り着いた太陽が、漸く部屋の中に降り注いだ。 窓を開けると、ぶわっと下から巻き上げた強い風に煽られ、咄嗟に窓際から距離をとった。 風に混じって運ばれてきた香りに気付いて再び窓に近寄る。 下には断崖絶壁、視界を埋め尽くしたのは太陽の光を受けてキラキラ輝く一面の湖だった。 よろよろとその場に座り込む。 「なに?ここ何処だよ?俺なんでこんなとこにいるんだ?」 パニックを引き起こそうとしている頭を必死に押さえ込み、昨夜の出来事を思い出す。 (・・・・・・そういえば、俺、昨夜は酒飲んでねぇ) いつも通りの時間にバイトを終えた。 華やかなネオン街から外れ、人通りの少ない通りを歩いた。 外灯が切れ掛かって点滅を繰り返していた細い道で・・・・・・ 「・・・・・・アイツが」 そこで見たのは黒いマントに身を包んだ、見るからに怪しい男。 「俺は・・・・・・アイツに・・・・・・・・・・」 振り返った男の眼は赤かった。 ゾクッと全身の毛が逆立ち、その場から動けなくなった。 どうやったのか、いきなり距離を詰めた男が視界を塞いで耳元で何か言われた気がする。 なんて言われたのかは覚えていない。 「アイツ・・・・・・・・・・・俺の血を・・・・・・」 その時の光景を思い出した瞬間、ガチャリと音がして背後で扉が開かれた。 びくりと大きく肩を震わせて振り返ると、不思議そうな表情で瞬きを繰り返した銀髪の男が立っていた。 「よく寝てたね?」 ニカッと大きく口を開けて笑う男を警戒しつつ立ち上がる。 「お腹減ってない?今兄ちゃんが、おいしいもん作ってくれてるから下りておいでよ。ね、大翔くん」 待ってるよ、と男は踵を返して、扉を開けっぱなしにしたまま走って行ってしまった。 「・・・・・・なんで、俺の名前知って・・・・・・?」 そっと顔を覗かせて廊下の様子を伺った。 そこにはもう男の姿はなかった。 赤い絨毯が敷き詰められた床に、いかにも高そうな絵画が何点も飾られている壁。 太陽の光は十分に廊下全体を照らしていた。 (・・・・・・太陽、平気なのか?) 疑いは捨てきれないが、先程よりの幾分かは落ち着いてきた頭が急激に分析を始めた。 部屋の隅にあった姿見の前で自分の格好を観察する。 まずは首筋。 小さな穴のような傷跡が二つあり、瘡蓋になっていた。 映画等で見たことのある吸血鬼に噛まれた跡に似ている。 (吸血鬼に噛まれた後って死ぬんじゃなかったっけ?ん?仲間になるんだっけ?) 他に怪我らしいものは見当たらない。 体は少々だるいが、動けないほどではない。 口を大きく開けても、自分の歯は普通の人間のものと変わらない。 目も赤くない。 いや、少々充血気味か? 「・・・・・・とにかく、このままココいるってのも・・・・・・ぶっ!」 「何やってんの?」 漸く部屋を出る決心が出来て振り向いた途端、背後に立っていた男の胸にぶつかった。 いつの間に部屋へ入って来たのか、全く気配を感じさせずに現れた男。 「・・・・・・何?」 鼻を押さえながら、ぶつかった正体を見上げる大翔の目が、男の顔を捉えた途端驚愕の色を浮かべて大きく開いた。 「・・・・・・お前」 よろっと一歩下がり、姿見に背中をくっつける。 「大翔?」 怯えた表情の大翔に手を伸ばす。 「!」 大翔はその伸びてきた手にびくりと肩を震わせて、ぎゅっと目を閉じた。 だが、一向にその手は大翔に触れてこなかった。 恐る恐る目を開けてみると、目の前には誰もいなかった。 まるで風になって消えてしまったかのように、男の姿は消えていた。 部屋の中には自分ひとりしかいない。 途端膝から力が抜けて、ズルズルとその場に座り込んでしまった。 「・・・・・・なん・・・・・・・・・・・・なんだよ・・・・・・・・・・・・」 口の中がカラカラに乾いていた。

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