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第5話

「大翔くんが帰ってきたって?」 数十分後。 自慢の黒髪を弄りながら、久遠が女の匂いを体中からプンプン漂わせながら部屋へ足を踏み入れた。 ベッドの上では永久が意識のない大翔を抱き締めたままの状態で、顎でベッド近くの椅子に腰掛けるよう指図する。 「何?永久くん随分と機嫌が悪いみたいだけど・・・・・・大翔くん寝てるみたいじゃない?話があるんなら別の部屋で・・・・・・」 「お前にもコイツが大翔に見えるんだな?」 大翔を抱き締めていた腕を緩め、その顔を久遠に見せる。 「何言ってるのさ・・・・・・どう見たって大翔くんだし・・・・・・この微かに漂ってる血の匂いだって大翔くんのものでしょ?」 (・・・・・・だよな) 訝しげな表情の久遠と視線を外し、再び大翔を見下ろす。 「コイツ、俺の事を知らないって言った」 不貞腐れた子供のように永久が言う。 「何喧嘩でもしてるの?まさか、その喧嘩の仲裁のために僕を呼び出したんじゃないだろうね?」 二人の喧嘩の仲裁役は初めてではないので、久遠は大袈裟に溜息をついた。 「・・・・・・コイツ、牙がねぇんだ」 永久の指が大翔の唇をなぞる。 「は?」 (今なんて?) 「だから!!大翔に牙がねぇんだ!!」 永久の大声に、ぴくりと大翔の身体が反応を示した。 微かに睫が震え、ゆっくりと瞼が上げられ・・・・・・ぼんやりと視界に永久を捉える。 「大翔くん?」 「!」 突然覗き込まれてドアップに顔を近づけてきた久遠に目を見開き、肩をビクッと震わせた。 そんな大翔の身体を背後から抱き締めたままの腕に力が込められたのを感じ、恐る恐る振り返ると、そこには冷たい鉛色の瞳をした永久がいて・・・・・・ 「やっ・・・・・・いやだっ!!」 逃げようと暴れるが、永久の腕は外れなかった。 「嫌だ!離せ!」 「ちょっと、大翔くん?!」 久遠が両手で大翔の頬を包み込んで視線を合わせた。 (心底怯えてる目・・・・・・何に怯えて・・・・・・って僕?さっきは永久くんのこと・・・・・・なんで?) 「・・・・・・ばけっ・・・・・・も、の!」 「何?」 「触るな!化け物!!」 身動きの取れない精一杯の抵抗がこれだった。 「化け物って・・・・・・何言ってるのさ?君も同じ闇の眷属でしょうが?まさか、今頃反抗期だったりするの?」 「うるさい!!俺は人間だ!お前ら化け物なんかと一緒にするなっ!!」 叫ぶ大翔の口には確かに永久の言う通り、同族の証である牙が見当たらない。 「ねぇ大翔くん、それ演技?それとも本気で言ってる?」 久遠がそう口にした途端、部屋の温度が急激に下がった。 吐く息が白くなり、頬に触れたままの久遠の両手が氷のように冷たい。 「・・・・・・久遠、どうなんだ・・・・・・コイツは、あの大翔か?」 そっと永久が久遠の手を離し、硬直したままの大翔の頭を自分の胸に抱き寄せた。 「こんなに似てて・・・・・・血の匂いだって同じで・・・・・・これで別人なわけがあるの?」 「・・・・・・だよな」 自分の身体を抱き締めるようにして大翔が腕の中でガタガタと震えているのを、ただ強く抱き締める事しかできず・・・・・・ 永久は小さな溜息を吐いた。 「ねぇ、あの人に・・・・・・この状態の大翔くんを会わせてみた?」 「!!」 「一応医者なんだから診せたら何か原因が掴めるかも?」 久遠の言う事は分かるが気が乗らない。 「永久くん・・・・・・あの人と何年顔合わせてないの?」 「大翔がいなくなる前からだから・・・・・・五十年以上会ってない・・・・・・今更・・・・・・」 (・・・・・・あの人って・・・・・・誰?) 漸く、少しだけ落ち着きを取り戻していた大翔がぼんやりと疑問に思ったことが永久に伝わり、大翔を抱く腕が少しだけ強められた。 「・・・・・・やっぱり会わせたくない」 「向こうはそう思ってないと思うよ?」 「あいつがどう思おうと、今の大翔をあいつに会わせるなんて嫌だ」 断固として拒否。 「今の状況が少しでも変わるかもしれないでしょ?彼は僕らより長生きしてるんだし、君の父親なんだし!!」 (こいつの父親?) 大翔が顔を上げ、久遠を見ようとして永久の手が大翔の視界を遮った。 「なにすんっ!!」 「絶対ダメだ!!」 「!!」 すぐ耳元で永久の声がした。 「お前は誰にも渡さない」 再び恐怖が大翔の心を支配する。 「あのねぇ・・・・・・もう、しょうがないなぁ・・・・・・じゃぁ、別のお医者さん紹介してあげるから、大翔くん連れてって」 よしよし、と大翔の髪を撫で、小さな溜息を吐き出して久遠の人差し指が永久の額に当てられる。 「名前は水島。この場所にいるから・・・・・・僕の名前を出せば会ってくれるよ・・・・・・それから・・・・・・」 久遠の指が移動して、大翔の足枷に触れた。 「おい、久遠」 バキンッと音がして足枷は外れた。 「こんなの着けたままで連れてかないでよね」

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