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第8話

「大翔?」 咄嗟に胸を押さえた大翔を不思議に思った永久は腕の力を緩め、その顔を覗き込んだ。 「・・・・・・んでも・・・・・・ないっ」 大翔は詰めていた息を吐き出した。 「なんでもねぇわけねぇだろ・・・・・・顔色悪・・・・・・い」 かくんっと膝から力の抜けた大翔を慌てて抱き止める。 「おい、大翔?大翔!」 大翔は微かに震えていた。 けれど、それは永久に対する恐怖からではないようだ。 「・・・・・・りたい・・・・・・帰りたい」 「は?」 小さく、消え入りそうな声で何度も繰り返している。 「・・・・・・・・・・・・大翔」 その瞳は虚ろなまま・・・・・・永久の姿も、誰のことも映さなかった。 その夜、夢を見た。 目が覚めたとき、その夢がどんな内容だったのかは思い出せなかったけれど・・・・・・ 大翔は寝返りを打ち、枕に顔を埋めた。 ちらっと視界の隅に目覚まし時計を捉えて、布団を引っ張り上げる。 「夢見ながら号泣してるくせに・・・・・・その内容を覚えていないってどうよ?」 いつもの起床時間より一時間早く目が覚めてしまった大翔は、ゆっくりと体を起こし、頬を手の甲で拭った。 涙のせいで湿っている枕を持ってベッドから出る。 カーテンを開けても、外はまだ薄暗かった。 「いいの?」 隣で久遠が溜息混じりに訊ねてきた。 「何が?」 永久の視点は一点に固定されたまま、その手には白い石を握り締めていた。 「大翔くんのこと・・・・・・こっちに帰しちゃっていいのって聞いてるの」 ここからは大翔の部屋がよく見える。 彼は小さなアパートの二階に住んでいた。 「・・・・・・良くねぇけど」 ボソッと呟いて髪を掻き乱す。 「良くねぇけど・・・・・・じゃぁ、他にどうしろってんだ・・・・・・」 あのまま屋敷に大翔を繋ぎ止めておいたら、大翔が壊れてしまいそうで恐くなった。 「だからってさぁ・・・・・・僕らの記憶を消しちゃう必要あったの?」 窓を開けて、風を部屋の中へ入れる大翔を見詰めながら、久遠は再び溜息を吐き出した。 「・・・・・・今の大翔には・・・・・・俺らの事は恐怖でしかねぇだろ」 だから、と永久が立ち上がる。 「最初からやり直す」 「随分と気合が入ってるようだけど・・・・・・最初からやり直すって何?」 久遠は意味不明、と説明を求めた。 「人間のふりして近づいて、仲良くなって、徐々に警戒心を無くさせる作戦!」 「自信満々でその作戦内容を語ってくれたけど・・・・・・それで大翔くんが、自分が吸血鬼だった時の事を思い出すとでも?」 民家の屋根から飛び降りる永久に続いて、久遠が飛び降りた。 「それは・・・・・・分かんねぇけど・・・・・・」 永久の手にはスーツケースと、小さな菓子箱が現れた。 「とりあえず、お隣さんからスタートだ!」 空き家と書かれた紙の前で、永久はニッと唇の端を吊り上げた。 「こんな真夜中に押しかける隣人って、ただの迷惑だと思うけど?」 To be continued・・・・・・?

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