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第10話
「あ、大翔」
スタジオ脇にある自動販売機の前にいた男が、大翔に気付いた。
手招く彼は、大翔と同じ四将軍の一人、ルシファー。
映像の中では背中に黒い翼があり、銀色の長髪を靡かせながら常にパンドラの隣にいる。
「セットチェンジにもう少し時間が掛かるらしいぜ」
「そうなんですか・・・・・・」
覗き込んだスタジオの中には、先程映像の中で見た黒き城の内部が再現されている。
玉座には既に帝王サイアークが座っていた。
「サイアーク様は・・・・・・ずっとあそこに?」
「あの人の衣装は動くの大変だし、スタッフもそのままでいいってさ」
帝王サイアークの衣装の総重量は55キロ・・・・・・軽装の自分達は追い出されたけれど、と付け加え、自販機から取り出したコーヒー缶のタブを開けた。
(あの格好のままコーヒー飲んでる姿って・・・・・・違和感ありすぎ)
仮面の僅かな隙間から、ストローが差し込まれている。
「そういや、来週からこの新番組の番宣が流れるって知ってたか?」
「え、そうなんですか?」
彼が買ってくれたジュースの缶を受け取る。
「俺それ見たんだけどさぁ・・・・・・大翔んとこ、ばっちり使われてたぜ?」
日曜早朝・・・・・・
普段ならぐっすり、夢の中の時間帯・・・・・・
その日はたまたま・・・・・・なぜかパッチリ目が覚めて、何気にテレビのスイッチを入れた。
(日曜の大翔のバイトはお昼からぁ・・・・・・)
隣人の予定は一週間分熟知している。
役者になりたいらしい彼は、バイトを幾つも掛け持ちしながら、小さな劇団に通い、そして、遂にオーディションに合格した。
何の、どんな役なのかは知らない。
真夜中に引越しの挨拶を・・・・・・
窓から押し入った迷惑なホスト、という印象をバッチリ植え付けてしまった永久に対し、祝いだと缶ビール一本提供してくれるほど大喜びで・・・・・・
(いつ頃放送されるのか聞いておかないとなぁ)
隣の住人はきっとまだ寝ているだろうから、音量も極力押さえて、いくつかチャンネルを切り替えていく。
そして、リモコンを持つ手が固まった。
「え?」
永久はテレビ画面を食い入るように見詰めた。
「無駄な抵抗は止めて、我がザン・コーク帝國に忠誠を誓え!」
聞きなれた声の主はビジュアル系バンドのような化粧をし、凶悪な笑みを浮かべて街を破壊し、正義のヒーローを痛めつけている。
「貴様らの血を我に捧げよ!」
そして、平和な牛乳のCMに切り替わる。
「・・・・・・・・・・・・なん・・・・・・だったんだ?」
幻でも見たのかと、目を擦る。
(大翔があんなことするわけねぇもん)
でも、まさか・・・・・・
もう一度同じ番宣が入るかもしれないと、最終回に近い特撮戦隊モノをじっくり観賞・・・・・・
エンディング後、次回の予告から切り替わった瞬間、反射的に録画ボタンを押していた。
「無駄な抵抗は止めて、我がザン・コーク帝國に忠誠を誓え!」
華麗な鞭捌き・・・・・・
正義のヒーローを痛めつけて高笑い・・・・・・
「・・・・・・これ、大翔、だよな?」
再び平和な子供服のCMに切り替わると、永久はベッドから飛び出し、遮光カーテンを一気に開いた。
(良い天気だ)
むぎゅっと頬を抓る。
ちらっと隣の部屋を見れば、まだカーテンはきっちりと閉まったままだ。
「よっと」
永久は窓枠に足を掛け、身を乗り出した。
(通行人なぁし!!)
ふわりと身体が宙に浮く。
「あ」
突然隣の部屋のカーテンが開き、窓が勢いよく開いた。
「何してんの?」
冷ややかに見下ろされる。
永久は咄嗟に転落防止柵に掴まって、ぶら下がった状態で彼を見上げた。
「お、おはよう・・・・・・いや、良い天気だからさぁ」
「おはようございます。で、天気が良いから何ですか?」
どう見ても落ちそうになっている永久だが、彼は手を差し伸べようとはしない。
「べ、別に、窓から大翔んとこにお邪魔しようなんて思ってなかったんだからな?」
柵をよじ登りながら、自分の部屋の中に飛び込む。
(・・・・・・思ってたんだな)
大翔はぴしゃりと窓を閉めた。
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