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第11話
隣に引越ししてきた男は、真夜中に引越しの挨拶をしに来た。
それも、窓から。
(だいたい窓が開いていたからなんて・・・・・・そんな理由があるか?)
職業はホストに違いない。
実際は何をしているのか知らなかった。
オーディションに合格した日、気分が良かったから・・・・・・
だから、彼に缶ビールをご馳走して・・・・・・
その時に、源氏名を聞いた。
最初は不思議そうに首を捻ったものの、すぐに『ヒカル』だと教えてくれた。
時々夜中に永久の部屋を訪ねてくる男がいるが、こちらもホスト仲間なのだそうだ。
大翔は点けっぱなしになっていたテレビの電源を落とし、ベッドに倒れ込んだ。
(・・・・・・俺って)
演じている時、スタジオにいるときは全然感じなかったが・・・・・・
(俺、あんな格好で、あんな事言って・・・・・・・)
むぎゅっと枕に顔を押し付ける。
「・・・・・・貴様らの血を我に捧げよって・・・・・・悪ぅ!!」
ごろんと寝返りを打って、隣にあったイルカのぬいぐるみを抱き締めた。
小さな丸テーブルの上に置いたままの携帯が音楽を奏で始め、再び寝返りを打って腕を伸ばす。
(・・・・・・もうちょい)
ギリギリで携帯に届かない。
「俺が取ってやるよ」
すぐ耳元で聞こえた声にギョッと振り返る。
「え?とっ、永久?」
何故か背後に永久がいた。
大翔を抱き締めるような形で永久の腕が携帯に届く。
「ほい」
目の前に鳴り続ける携帯を近づけられるが、そんなことより気になるのは・・・・・・
「あ、あんた、どうやって中に入った!!」
ぐいっと永久の胸を押して、その腕の中から逃れる。
玄関の扉も、窓も、しっかり鍵を締めたはず。
「実は俺・・・・・・壁を通り抜けられるんだよ」
「・・・・・・永久」
大翔の視線が鋭く突き刺さる。
「冗談だよ・・・・・・ちゃんと玄関から入って来たぜ?」
玄関から、と永久が指す玄関の扉の鍵が・・・・・・外れていた。
(・・・・・・まさか、合鍵作られてるとか?)
「掛け忘れてたんじゃねぇの?無用心だなぁ」
コツンッと鼻頭を弾かれ、ムッと永久を睨みつける。
「・・・・・・っかしいなぁ」
くしゃくしゃに髪を掻き乱しながら、アラーム設定してあった携帯の音を止めた。
「大翔、さっきCM見た」
玄関のポストに新聞を取りに行った大翔の背中に声を掛ける。
永久の言葉に、大翔は持っていた新聞をぐしゃっと握り締めた。
「み、見たのか?」
顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「見た。しかも2回も!」
Vサインを突き出し、ニッと笑う。
「2回目のはバッチリ録画もしたぞ!」
永久は得意げだ。
「マ、マジで・・・・・・」
「マジ!でさ、お祝いしようぜ!」
ベッドから下りて、永久がキッチンに向かう。
「え?」
「大翔の好きなもの作ってやるよ?何がいい?」
勝手に冷蔵庫を開ける。
が。
「・・・・・・大翔、冷蔵庫の中、酒とツマミ類しかないぞ?」
永久の行動を呆然と立ち尽くして見ていた大翔が眉間にシワを刻む。
「俺料理しないから」
いつも外食か、弁当を買ってくる。
「・・・・・・じゃぁさぁ、これからは俺が栄養満点で美味しいもん作ってやるよ」
とりあえず、自分の部屋から食材取って来るつもりで大翔の隣を通り過ぎる。
「え・・・・・・でも・・・・・・」
「迷惑か?」
声のトーンを下げ、真顔で聞いてきた永久に焦る。
「・・・・・・い、いや、迷惑じゃ・・・・・・ないけど・・・・・・なんか、悪いし」
そう応えると、永久はニカッと笑顔に戻り、
「遠慮すんなよ」
くしゃっと大翔の髪に触れた。
「・・・・・・でも」
「じゃぁ、お礼はキ・・・・・・じゃなくって、大翔の血を俺に頂戴?」
再び真顔の永久。
「は?」
大翔はきょとんと目を丸くした。
「貴様らの血を我に捧げよ!」
ポーズつきで台詞を真似る。
「はははっ、冗談だ、冗談!」
ひらひらと手を振って大翔の部屋を出た。
「・・・・・・ったく」
持っていた新聞をテーブルの上に滑らせる。
(その前は何て言おうとしたんだ・・・・・・お礼はキ・・・・・・?)
頭にキがつくモノを連想してみる。
(キ・・・・・・キムチ?)
なんじゃそら、と心の中でツッコミを入れた。
数十分後、2人が挟むテーブルの上には、ここは何処かの高級料亭かと疑うほどの、豪華な料理が何品も並べられていた。
「大翔、和食好きだろ?」
ニッコリ笑顔の永久を前に、これだけの量を朝から食えと言うのかと文句も言えず、大翔は箸を伸ばした。
「・・・・・・うまっ」
「だろ?」
大翔の反応に永久は嬉しそうだ。
普段なら朝食を抜く事も多い大翔だが、今朝は永久が用意した全ての料理をあっと言う間に平らげた。
「そう言えば・・・・・・永久、昨日公園にいただろ?」
食後のコーヒーまで淹れてもらって、ベッドに腰掛ける。
「ん?あぁ、いたな」
永久は小さなキッチンで食器を片づけ中。
「一緒にいた犬って」
「犬?あ、いや、あれはオ・・・・・・」
カチャリと最後の器をカゴに伏せる。
「じ、実家で飼ってるんだ。俺を追い掛けてきたみたいで・・・・・・っつうか、大翔も公園にいたなら声掛けてくれればいいのに」
公園付近のロケ現場で、休憩中にたまたまその光景を見たのだと言う。
「いや、だって俺、犬苦手で・・・・・・っつうか、動物全般苦手なんだけど・・・・・・」
「え?」
自分用のマグカップを片手に、大翔の隣に腰掛ける。
「小型犬ならなんとかなりそうなんだけど・・・・・・あれくらい大型だと・・・・・・なんか恐くて」
(・・・・・・だそうだ、瞬)
銀髪の大柄な弟を想像して、永久は苦笑した。
「でも、あいつ大人しいから、今度触ってみ?」
絶対に噛み付いたりしないから、と永久は笑った。
「・・・・・・考えとく」
永久がそう言うのだから、いきなり襲い掛かっては来ないだろうが・・・・・・
「前までは、ここまでじゃなかったんだけどさぁ」
両手に握り締めたカップに力を込める。
「なんだか・・・・・・最近急に恐くなったっていうか・・・・・・」
別に小さい頃犬に襲われた経験があるとか、最近野良犬に追い掛け回されたとかいう嫌な記憶があるわけではない。
それまでは公園を散歩している大型犬を見ても、別になんとも感じなかったのだが・・・・・・
(・・・・・・あの日は・・・・・・永久の犬が・・・・・・なんかダメだった)
本人を前に、永久の犬だけが恐いなどとも言えない。
公園で見掛けた時、本当は声を掛けようとしたのだ。
衣装のままだったが・・・・・・
(・・・・・・記憶は全部消したつもりだったけど)
指先が無意識に下唇を何度も擦り、中空を見詰める大翔の隣で、永久はふと以前の出来事を思い出していた。
(でもまぁ、あれは瞬が悪いんだし)
とりあえずは話題を変えようと、永久はマグカップの中身を一気に飲み干した。
「ところでさ、大翔・・・・・・撮影はいつもあの辺りでしてるのか?」
大翔がふっと顔を上げる。
「え?あ、あぁ・・・・・・あの辺りで・・・・・・ロケがよくあるけど?」
応えてから、すぐに目を細める。
「だったら何?」
なんだか嫌な予感がする。
「今度見学に行っても・・・・・・」
「嫌だ」
全部言わなくても分かっている。
「なんで?」
「嫌だから・・・・・・だから、絶対に見に来るなよ!」
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