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第13話
窓から差し込む月の光に照らされた、照明の消えた部屋の中に俺達はいた。
この日、俺の・・・・・・人としての時間が止まった。
何が起こったのかは分からない。
ただ気がついたとき、俺は血まみれの腕で双子の弟を抱き締めていた。
既に冷たくて、固くなった弟の体・・・・・・
部屋中の壁や家具に飛び散った、尋常ではない血液の量。
でも、この時の俺には分からなかったんだ・・・・・・それらがいったい何を意味しているのか。
ドンドンドン!!
大きな音を立てて、この部屋の扉が外側から叩かれる。
今まで弟以外誰も訪れる事はなかった俺の部屋の前に大勢の人が集まっていた。
その人達は口々に何かを叫んでいるけれど、その言葉は誰が言ったものなのか分からない。
だって俺は、昨日まで弟以外の人を知らなかったから。
この部屋は屋敷の一番奥の扉から地下通路を進んだ先にある塔の最上部、太陽の光が多く降り注ぐ場所にあって、弟以外の人が俺の部屋に入って来た事はなかった。
この部屋には窓が一つだけあるけれど、その窓も、いつも分厚いカーテンで外の光を遮断していた。
それを開けてはいけないと言われていたから。
誰にそんなことを言われたのか、今は思い出せないけれど、それは弟以外の人だったと思う。
ここが使用人を何十人も雇っている大きな屋敷なのだと教えてくれたのは弟だけれど、その人達の姿を今まで一度も見た事がなかった。
「真琴?」
俺は弟の名前を呼んで、体を揺さぶった。
けれど、弟の瞼は硬く閉じられたまま、俺を見ようとはしてくれない。
血の気のない青白い頬を撫でても、唇は動かない。
「真琴」
強く弟の体を抱き締める。
何か温かいモノが頬を伝って、弟の肩を濡らした。
「目が覚めたのは大翔、お前だけか?」
突然降ってきた低い声に顔を上げる。
ふわっと冷たい風に髪を撫でられて、数度瞬きを繰り返した。
先程までは俺達以外誰もいなかったはずの部屋に男がいる。
さっきまで閉まっていた窓も開いていた。
(・・・・・・誰?)
俺はぼんやりと男を見上げた。
全身黒ずくめ、目元が隠れるほど長い前髪の間から、片方の目だけが俺を見て笑うように細められた。
「起きたてでまだ記憶が混乱しているようだな」
男は俺の近くに片膝をついて、頬に触れた。
その指先は冷たかったけれど、嫌じゃなかった。
「もう泣かなくていい」
濡れた頬に触れた手を逃すまいと、俺は慌ててその手を掴んだ。
男はきょとんとした眼差しで俺を見たけれど、すぐに笑みを浮かべて俺の手を包み込んでくれた。
それだけで安心した俺の肩から力が抜けて、思わず弟を落としそうになる。
床に頭を打ち付ける前に弟の体を抱え直し、立ち上がった男は扉を見詰めた。
「ここは早々に出た方が良さそうだ」
外が先程より騒がしい。
叫び声と一緒に、慌しく動き回る足音も聞こえる。
どうやらこの部屋の扉を道具を使って突き破ろうとしているみたいだった。
「この子はここへ置いていく」
そう言って、男は俺の腕から弟の体を離した。
少しだけ寂しい感じがしたけれど、男のする事に抵抗しようとは思わなかった。
弟は男の手によって床に寝かせられ、男がそれまで身に纏っていた黒いマントで覆われて見えなくなった。
「大翔、おいで」
男の手が俺に向かって伸ばされた。
俺は言われるがまま腕を伸ばして男の手を取った。
そのまま、ぐっと引っ張り寄せられて、強く抱き締められた。
男の冷たい指先が首筋に触れて、一瞬きゅっと目を閉じた。
「なに?」
男が触れた箇所が少しだけ熱を持った。
「傷口を塞いだだけだ。本当は二人連れて行きたかったんだけど・・・・・・残念だ」
そう呟いて、この部屋に一つしかない窓に歩み寄る。
ガン・・・・・・ガン・・・・・・
外で扉を突き破り始めた。
蝶番がガチャガチャと揺れ、メキメキと音を立てて耐えている扉も、あと数回で砕けるだろう。
「別れを」
もう、ここへは戻ってこないからと男は言った。
俺には別れを告げる相手は一人しかいない。
その告げるべき相手は床に横たわったまま眠っているけれど。
「さようなら、真琴」
俺の最後の言葉は弟に聞こえただろうか・・・・・・
「それで?」
バルコニーで夜風に当たっていた隣の彼が、俺の話をおもしろそうに聞いている。
「その後はハンター共に追われる毎日だった・・・・・・あの人とも途中で逸れてしまったし」
あの部屋から連れ出してくれた男の顔を思い出し、手元のグラスを弄ぶ。
コロコロと音を立ててグラスの中で氷が転がる。
「探してる暇もなかった・・・・・・」
それから暫く俺は独りで怯えながら暮らしていた。
彼の父親に拾われるまでは・・・・・・
「うちに連れて来られた時のお前、ほんと死にそうだったよな」
「食事の摂り方を知らなかったから」
暗い路地に蹲って震えていた時、彼の父親がここへ連れてきてくれた。
ここには他にも何人か俺のように拾われてきた子供がいて、そこで初めて俺達は食事の摂り方を教えてもらった。
俺は、今目の前にいる彼に食事の摂り方を直接教わった。
一見俺と大して年の違わない彼は、それでも俺より百年も長く生きているという。
俺が生まれた時代は明治初期と言われていた頃だから、つまり丁髷を結っていた時代から彼はこのままの姿だということになる。
まぁ、今は頭に丁髷はないけれど。
「今日は月に一度しかない貴重な狩りの日・・・・・・満月の光は俺たちの力を増幅させる」
彼はそう言って目を閉じた。
空では赤く染まった大きな満月が俺らを見下ろしている。
「喉が・・・・・・渇いた」
ボソッと呟いた俺の声が聞こえたのか、彼はフッと口元に笑みを浮かべた。
「先月みたいに変な女の血を飲んで腹壊すなよ?」
変な女って・・・・・・どう見分けるのか、俺には分からないよ。
彼女達は化粧や香水の匂いをプンプンさせていて、俺の鼻では嗅ぎ分けられない。
先月は、香水の匂いに酔って、気持ち悪くなって・・・・・・気がついたらその女の首筋に噛み付いてた。
一度喉に流し込んだら止まらなくって・・・・・・彼が止めてくれるまで、俺は彼女の血に貪りついていた。
「しょうがねぇから、今日は俺が一緒にいてやるよ。良い女の見分け方、教えてやる」
バルコニーの手摺に飛び乗り、俺を見下ろした彼の目は真紅に輝いている。
差し伸べてくれた彼の手に、俺は自分の手を重ねた。
「さぁ、狩りに出掛けよう」
ちょっと待って・・・・・・
飛ぶのか?
待てって・・・・・・待っ・・・・・・
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