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第15話

あれから渇きが癒えない。 撮影を終えて、楽屋に帰ってすぐ、水道からひねり出した水に顔を突っ込んで、ガブ飲みを繰り返した。 スタッフが止めるまで、ずっと。 腹は膨れるが、喉の渇きが無くならない。 苛々と爪の先でテーブルを弾きながら、大翔は溜息を吐き出した。 「喉・・・・・・乾いた」 独り言のように呟いた。 「大丈夫?」 いつの間にか、隣の席に座っていたヒロインが大翔に声を掛けた。 「え・・・・・・あぁ、大丈夫」 「そう?でも、顔色悪いよ?」 そう顔を覗き込んできた彼女は、こうやってお互いの目を見て会話をするのは初めてだった。 彼女はこの業界では知らない人はいないほどの有名人、花園美鈴。 彼女の父親は国会議員で、清楚可憐なお嬢様というイメージでテレビにもよく出演している。 (構わないでほしいんだけど) 彼女自身、容姿端麗、何処へ行くにも数人の男が彼女にくっついている。 男は日替わり、ボディーガードの時もあれば、その日限りのお付き合いという関係も・・・・・・ 「ねぇ・・・・・・大翔、今晩時間ない?」 (いきなり呼び捨て?) 美鈴はニッコリとその細い腕を大翔に巻きつけた。 「今夜の飲み会の前に、少し時間ない?」 撮影が順調に終わり、美鈴の誘いを断り切れなかった大翔は彼女とスタジオを出て飲み会の場所へ向かった。 大翔は美鈴に手を引かれるまま、街中を歩き回る。 「なんかさぁ・・・・・・私達、デートしてるみたいだよねぇ?」 「・・・・・・そうかな」 こちらの様子などお構いなしで、美鈴は大翔の腕を引っ張って歩く。 「あ、ねぇ・・・・・・これ可愛くない?」 路上で売っているアクセサリーに目を輝かせて、品定めを始めた。 あれがいいだの、これがいいだの、散々迷った挙句、候補を二つに絞って大翔に振り返る。 「こっちのハート型のと、こっちの星型・・・・・・どっちが似合うかなぁ?」 (どっちでもいいけど・・・・・・なんか、すっごく期待されてないか俺) 大翔は星型に手を伸ばし、まだ美鈴の腕が絡んでいる方の指先で彼女の耳に触れた。 「こっちなら・・・・・・今の髪型に合ってると思うよ?」 「え?」 なぜか美鈴が突然ボッと顔を真っ赤に染めた。 「どうかした?」 「ううん・・・・・・なんでもない」 店主が小さな袋にピアスを入れ、大翔に差し出す。 「彼女へのプレゼントですか?」 「・・・・・・え、あぁ、まぁ」 (この場合って、そういう風に見えるんだよな・・・・・・やっぱり) 大翔は代金を支払い、その袋を美鈴に渡した。 「・・・・・・・・・・いいの?」 「ん。今着けようか?」 それは大翔にとって何気ない一言だったのだが、美鈴はウットリとした瞳で彼を見詰めて、ただコクリと頷いた。 大翔は美鈴が袋から出した星型のピアスを受け取り、一つずつ、彼女の耳に着けていく。 それまでしていたピアスを美鈴に渡して、指先で星型のピアスを軽く弾いた。 「ん。やっぱりハートより、こっちの方が似合ってる」 「え?あ、ありがと」 「ん」 ニッコリと笑って大翔は腕時計を覗き込んだ。 「そろそろ時間だ。行こうか?」 「あ、うん」 大翔の自然な仕草に引き寄せられ、彼女の腕が大翔の腕に巻きついた。 「今夜って満月なんだな」 「あ、ほんとね」 二人が見上げた空に、青白い円盤が浮かんでいた。 「そうだ、ねぇ大翔・・・・・・吸血鬼の噂って聞いたことある?」 「え?」 美鈴が『吸血鬼』と口にした瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。 「最近ニュースでもやってるじゃない?まだ死者は出てないけど、満月の夜に女性が次々と襲われてて、彼女達に共通している首筋の傷痕・・・・・・まるで吸血鬼みたいって。今晩も出るのかしら」 まるで吸血鬼に牙を突き立てられたような傷痕が首筋に残っている。 襲われた女性は皆、その時の状況を覚えておらず、病院前で倒れていて保護されるのだとか。 「大翔が吸血鬼だったら、私、血を吸われてもいいわ」 「え?」 突然美鈴の指が大翔の唇をなぞった。 ドクンッと心臓が再び大きく跳ねた。 (俺が・・・・・吸血鬼?) クラッと一瞬視界が揺れ、美鈴に手を引かれてそのまま彼女の腕の中に倒れ込んだ。 甘い香りが鼻腔を刺激する。 「大翔」 彼女に名前を呼ばれ、大翔は無意識に彼女の首筋に噛み付いた。 「ん・・・・・・大翔・・・・・・」 大翔の腕が彼女の背中に回り、もう片方の手は美鈴の後頭部を固定した。 「痛っ」 美鈴の小さな呻き声と同時に、大翔の口の中に血の味が広がった。 そのまま、とろりと喉を通過していき、再びドクンッと心臓が大きく跳ねる。 首筋の痛みに身体を捻って抵抗をみせた美鈴の身体を逃がさないよう、彼女の身体を抱き締める腕に力を入れた。 「ひろ・・・・・・と・・・・・・待っ・・・・・・て・・・・・・」 耳元で美鈴の声が掠れた。 少しだけ、彼女の瞳に恐怖の色が浮かんでいる。 「へたくそ」 突然背後から聞こえた第三者の声に、二人がぎょっと目を見開く。 (俺・・・・・・今何を・・・・・・?) 「うわっ!」 背後にいた人物を確認する暇もなく、強い力が美鈴から大翔を引き剥がした。 「んあっ!」 その人物の手が顎を掴み、指がいきなり大翔の口内に侵入した。 「あれ?まだ牙ないな?」 腰に回された腕はがっちりと大翔を捉えていて離せない。 宙に浮いた足をバタつかせながら、何とか逃れようと暴れる。 目の前の美鈴は信じられないものを見るように、驚愕の眼差しを大翔の背後に立つ人物へ向けていた。 「しょうがねぇなぁ・・・・・・俺が手伝ってやるよ」 「ひっ!!」 冷たい感触が首筋に触れて、大翔が息を飲む。 「特別だぞ?」 そう耳元で囁かれた次の瞬間、ビリッと全身に電流が流れたように痺れが走った。 「うあっ!」 「き、きゃあぁぁ!!」 美鈴の叫び声が大翔の耳に届いたかは分からない。 大翔の全身から力が抜けていき、ぐったりと背後の人物に身を委ねて、ただぼんやりと、虚ろな目を彼女へ向けていた。 「ほら、大翔・・・・・・獲物だ」 再び囁かれた言葉に、こくっと喉を鳴らした。 ゆらりと大翔の腕が美鈴に伸びる。 彼女は恐怖のあまり、その場から動けなくなっていた。 大翔の背後にいる人物が美鈴の頬に手を伸ばす。 「大丈夫だ、すぐ済むから」 美鈴の首筋に大翔が顔を埋めた。 ツツッと美鈴の頬を涙が伝う。 「泣かなくていい・・・・・・次に目が覚めたとき、君は大翔のことも俺の事も・・・・・・今夜の出来事を何一つ覚えていないから」 彼は彼女の頬を伝う涙を指先で拭ってやった。

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