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第22話
「ダンピールよ!逃げなさい!」
そう叫んだのは誰だっただろうか・・・・・・
身を潜めていた里が何者かの襲撃を受けた。
誰かに手を引っ張られて建物の外へと放り出され、目の前の状況に呆然とする。
紅蓮の炎は轟音と共に、それまで暮らしていた家を飲み込んでいる。
「大翔!急げ!」
名を呼ばれてハッと我に返る。
「あ、あぁ」
幼い弟を抱きかかえて走る彼の背中を見失わないように必死に追いかけた。
燃えていたのは自分達の家だけじゃなかった。
悲鳴や怒号があちこちから上がっている。
「こっちはダメよ!森へ!!」
崩れそうな建物から飛び出してきた女性が、三人を見るなり叫ぶ。
「大翔!」
彼が方向を変えた。
熱風に肌を焼かれ、喉もカラカラ・・・・・・
今じゃ唾も出ない。
目の前がくらくら揺れ始めた。
どんどん彼の背中が離れていく。
手を伸ばしても届かない。
「はっ!」
声が出ない。
「大翔、早く!」
彼は振り返らず、弟と共に離れていく。
自分達以外にも森を目指して走る者達に紛れ、彼と弟が見えなくなった。
「うわっ!」
とうとう小さな石に躓いて転倒してしまった。
「ぎゃぁぁぁ!!」
その直後、すぐ後ろで叫び声が上がり、心臓が大きく跳ね上がった。
恐ろしくて振り返る事は出来ないが、先程の声は、自分よりも年上の、どこかで聞いた事のあるような声だった気がした。
(逃げ・・・・・・ないと!!)
力を振り絞って再び立ち上がる。
「ふっ」
背後で誰かが笑った。
ゾクッと背筋が凍るような、不気味な声を聞いた瞬間、背中が悲鳴を上げた。
「あ・・・・・・ふっ・・・・・・うっ・・・・・・」
急激に足から力が抜けて、倒れ込む。
「おい小僧、もう終わりかよ?」
肩を踏みつけられる。
「いっ・・・・・・つっ・・・・・・」
次第に力が加えられ、痛みが更に増す。
「俺様が捕まえちゃった!」
恐怖が心を支配し、じわりと涙が浮かぶ。
「・・・・・・トワッ」
「何?助けを呼ぶのか?トワ?どっかで聞いた名前だなぁ?」
その言葉に生まれる絶望感。
「まぁ、誰でもいっか・・・・・・お前、俺様に捕まってよかったんだぜ?」
ザクッと目の前に突き立てられた刃に、自分の泣き顔が映った。
「俺様は優しいから選ばせてやるよ・・・・・・どう殺されたい?」
肩から足が退けられ、ぐっと髪を掴まれた。
「斬り刻まれるのが好きか?それとも、殴り殺されるのがいいか?」
目の前には見知らぬ男が威圧的な笑みを浮かべていた。
額には眉間にまで伸びる十字の傷がある。
「なんなら、ダメもとで命乞いしてみるか?」
ぺロッと頬を舐められる。
「ん?」
どうやら頬に伝った涙を舐めたらしいが、転倒したときに着いた土も一緒だったため、ペッとソレを吐き出した。
抵抗する事を諦めたわけではなかったが、腕を動かす事が出来なかった。
いや、腕だけではなく、全身が痺れていて感覚がない。
「・・・・・・Cross of the blood(血の十字架)の呪い・・・・・・お前が『大翔』か?」
思考も視界もぼんやりと霞み始めた。
「ん?」
だが突然男の手が離れ、ばたんっと倒れる。
「・・・・・・時間だ」
先程は聞こえなかったが、今度はしっかりと笛の音が耳に届いた。
くしゃっと大翔の髪を梳き流し、男は立ち上がった。
既に男の姿をはっきりと見る事が出来ない様子の大翔を見下ろしながら、側に突き立てた刀を抜いた。
「なんだ、まだこんなところにいたのか、お前は・・・・・・ん?こいつは?」
「うるせぇなぁ、今から戻るんだよ!触るな!!こいつは、俺んだ!!」
男とは別の声が聞こえた。
(・・・・・・永久、助けて)
けれどその姿を確かめる事は出来ず、大翔の意識は闇に沈んだ。
ビクッと身体が振るえ、間近のモノを反射的に握り締めた。
「大翔?」
頬に触れた手は冷たい。
「大翔」
名前を呼ばれて、大翔はそっと目を開けた。
「・・・・・・永久?」
心配そうな表情の永久が視界にいた。
震えが止まらない大翔の身体を抱き締め、安心させるように背中を擦ってやる。
「どうした?」
優しい声音。
「怖い夢でも見た?」
何かを握り締めている手に、更に力を加えた。
「・・・・・・ゆ、め?」
ひどく声が掠れている。
「なんだよ?その夢ん中に俺は出てこなかったのか?」
耳元で聞こえる永久の声に、ほっと息を吐いた。
「・・・・・・出てこねぇよ」
永久の胸に顔を押し付けていたため、声がくぐもっていた。
(っつうか、俺が心配なら出て来いよ)
なぜこの状況で夢の中に登場しないんだと、少々理不尽なことに文句をつける。
「なんだ、残念だなぁ」
永久の指が大翔の髪に入り、ゆっくりと梳かれる。
(全然残念そうに聞こえませんけどぉ?)
がっちり押さえ込まれた腕から、自分の腕を抜き取り、むぎゅっと永久の頬を抓り上げた。
「いひゃい」
ムッと顔を上げると、ニヤけた永久と目が合った。
「っつうか、いつまでくっついてんだよ!」
「いつまでって・・・・・・大翔の震えが治まるまで」
とっくに震えは止まっていたが・・・・・・
(お前の片手がずうっと俺の上着の裾掴んだままなんだけど、気付いてねぇの?)
笑っちゃいけないと顔の筋肉を引き締めようとするのだが、口角が吊り上ってしまう。
「なんっ・・・・・・」
永久の手が上着の裾を握り締めたままの大翔の手にぽんっと重なった。
「俺と離れたくないってのはぁ」
無意識だった大翔の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
「よぉっく分かってるから」
永久の手が大翔の手首を押さえつけ、離せない。
「うるさいっ!離せよ!」
「やだぁ」
大して力を入れてなさそうなのに、永久の手は離れない。
「やだぁ、じゃねぇ・・・・・・!」
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