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第24話
「大翔くん、よく寝てるね」
ベッドの上ではなく、なぜかソファの上でイルカのぬいぐるみを抱えて眠る大翔を見下ろした。
「・・・・・・あぁ」
永久は小さく頷く。
大翔はアレ以来1人になることを恐れている。
本当なら部屋のベッドに寝かせたいのだが、大翔は永久の後ろをついて部屋の中をうろつき、彼の姿が見える場所にいないと落ち着かないようだ。
「ぬいぐるみ抱いて寝てる姿、久しぶりに見たなぁ」
大翔の側に膝をついて、眠る彼の頬に触れた。
「ん」
大翔は小さく唸ったが、覚醒はしなかった。
「どんな夢見てんのかなぁ?」
少し離れたソファに腰を下して書物に目を落としていた永久が顔を上げる。
「さぁな」
だが、すぐに視線を戻した。
永久の手元には分厚い書物。
(何読んでんの?)
それに興味が沸いた瞬は、永久の足元に駆け寄った。
永久の膝に手を乗せ、書物を覗き込む。
(・・・・・・読めない)
ムッと口を尖らせる。
(俺字読めないんだった)
チラッと永久を見上げるが、永久の眉間には深い皺が刻み込まれていた。
「兄ちゃん」
何が書いてあるのか教えてもらおうと思ったのだ。
「瞬、手ぇ邪魔」
文字の上に乗せた手をピンッと弾かれた。
「ねぇ、ソレなんて書いてあんの?それってさぁ、久遠ちゃんから聞いたけど、この間パパが置いてったんでしょ?」
純正のヴァンパイアでありながら、海賊を名乗る男。
「あいつをパパって言うな、気色悪い」
そして、永久の実の父親。
彼の本業は医者だった。
普段は別々に暮らしていると言うのに、いつだったか、何かの映画を見て、ある日突然やってきた。
ガチャガチャとシルバーアクセサリーを鳴らし、ボサボサの髪に、無精ヒゲを生やし、ボロボロの衣服を身に纏って、よく陽に焼けていた。
吸血鬼なのに、陽に焼けていたのだ。
豪快に笑った父は一言。
「俺様は今日から海賊王になる!」
頭痛がした。
長年生きていると、いろいろ慣れるもので・・・・・・直射日光を浴びるのも数時間なら耐えることが出来るようになった。
十字架には直接触れないが、サングラスとマスクをすれば教会にだって入れる。
にんにくの匂いは苦手だが、食べられない事はない。
腹、壊すけど。
さすがに胸に杭を打ち込まれれば、暫く復活は出来ないけれど・・・・・・
元々、吸血鬼の異端児としては有名だったが・・・・・・
褐色の肌になり、海賊王になると高らかに宣言した父親の前で、瞬は目をキラキラさせて尻尾を振っていた。
「ねぇ、だから、それになんて書いてあんの?」
あの時と同じキラキラした目をして永久を見上げている。
永久は盛大に溜息を吐き出した。
「昔話とか、噂話をまとめたものだ」
瞬は首を捻った。
「むか~しむかし、あるところにってやつ?」
おじいさんと、おばあさんがと続け始めたのを止める。
「・・・・・・とはちょっと違う。」
永久は本を開いたまま、テーブルの上に置いた。
「どう違うの?」
難しい表情の永久は、大翔に視線を送っている。
瞬は永久の視線を追って大翔を見詰めた。
「ここには、今の大翔の状況のヒントが書いてある」
と思う、と続けた永久の言葉は瞬の耳に届かなかった。
「ほんと?どこ?どこに書いてあんの?」
瞬はテーブルの上の本を取り上げて、パラパラとページを捲る。
(お前読めねぇんだろ?)
瞬の手から本を奪い、ある場所を開いた。
赤い線が引かれた1文。
これは永久が目を通す前から既に引かれていた。
「・・・・・・Cross of the blood(血の十字架)の呪い」
永久の指が置かれた文字をジッと見詰め、瞬は首を捻った。
「で、これがどう大翔くんと関係してんの?」
この言葉は知らない。
「解らん・・・・・・くそっ!」
ドンッとテーブルを強く叩いた。
「だから、血の呪いってなんなの?」
吸血鬼の兄に、狼男の弟・・・・・・残念ながら2人に血の繋がりはない。
幼い頃、永久の父に拾われた瞬は、自分も吸血鬼だと思っていた。
自分が彼らとは違う種族、狼男だと知った時は、暫く復活できないほどにショックを受け、食事も喉を通らなくなったほどだ。
その時、吸血鬼と狼男の違いについて、いろいろ学んだが、血の呪いについて、その知識は全く無かった。
「昔、俺達吸血鬼を支配しようと目論んだ魔女がいて・・・・・・その魔女の呪いの1つだ・・・・・・」
瞬の脳裏に黒衣を身に纏った鷲鼻の老婆が思い浮かぶ。
「・・・・・・ま・・・・・・じょ?のろ・・・・・・い?」
怪しい色の液体を、大きな鍋でグツグツと煮立てて、何語か解らない言葉の呪文を何回も唱える。
「そんな恐ろしいバアちゃんがいんの?」
弟が何を思ったのか、簡単に想像がついた。
「ばぁちゃんって・・・・・・もっとこうナイスバディーなお姉ちゃんかもしんねぇだろ?」
豊満な胸に、キュッと締まった腰、ぼんと張った尻・・・・・・
露出度の高い、生地の薄い衣装を身に纏い・・・・・・
怪しい輝きを放つ瞳に・・・・・・男を魅了する艶やかで分厚い唇・・・・・・
「スケベ」
ぽそっと呟いた瞬は尻尾を振っている。
「お前だって嫌いじゃねぇんだろ?こう髪を掻き上げてさぁ」
2人は距離を縮め、御互いの好みを挙げようとして・・・・・・
「楽しそうだな」
瞬の背後から聞こえた大翔の声に固まった。
「あ、大翔くん、起きたの?」
慌てて隠した尻尾と耳は見られなかったか気になったけれど、大翔はその話題に触れなかった。
「・・・・・・何の話してんの?」
大翔の視線は永久に向いている。
冷ややかに。
「えっとぉ」
身振り手振り、好みの女性を表していた両腕は宙に浮かせたまま。
大翔はイルカのぬいぐるみを抱き締めて横たわったまま。
そして、瞬はそんな2人から離れ、目覚めた大翔のためにコーヒーを淹れようとキッチンへ向かった。
(旦那の浮気を知った奥さんが、その旦那さんを問い詰めるの図ぅ)
恐ろしい、と身震いして瞬は階段をぽんっと飛び降りた。
(大翔くん、吸血鬼だった頃の能力も記憶も戻ってないけど・・・・・・なんか、俺達関係良くなってきてるよなぁ?)
嬉しくなって笑顔が零れる。
(前みたいに怯えなくなった・・・・・・って言っても、俺まだ正体教えてないけど)
ブワッと尻尾が現れた。
(尻尾振って近づけば恐がらないかなぁ?ひょっとして逆に可愛がってくれたりして?)
イルカのぬいぐるみじゃなく、狼化した自分を抱き締めて眠れば、ぬいぐるみ以上に温めてあげられる。
(大翔くん、この間俺のことコスプレ男って呼んだけど、どういう意味なんだろ?)
鼻歌を口ずさみながら、人数分のカップを用意する。
頭部を擦れば、ぴょこんっと二つの耳が現れた。
「あ、ちょうどいいや。僕のも淹れてくれる?」
なんの気配もなく背後から掛けられた声は初めて聞いた声だった。
「え?あんた誰?」
何年も太陽の光を浴びたことのないような、青白い肌の男がヘラッと笑って近づいてきた。
「水島」
名乗った彼は着ていた白衣の前をパタパタと動かしながら、瞬の前で立ち止まった。
「で、そのミズッチは、ここにどうやって入ったの?」
普通の人間は近づかない森の奥深くにある湖。
その中央に突き出した城には、舟か、飛んで行くしかない。
更に、偶然にも森に迷い込んでしまう人間から城を隠すように結界が張ってある。
簡単には入って来れないはずだ。
「ミズッチ?それ僕のこと?えっと、ここには久遠さんにつれてきてもらったんだよ・・・・・・大翔くん、戻って来てるんでしょ?」
知っている人物の名前が出て、少しだけ彼への警戒を解いた。
「その久遠ちゃんは?」
水島の背後に久遠の姿はない。
「なんか、撮影がどうのこうの言って、僕をココに下ろしたら飛んで行っちゃった」
久遠が変化の術を使って大翔となり、彼が出演していた子供向けの特撮番組に出ている事は知っていた。
兄も出演しているその番組は、毎週しっかり録画してあるのだが、まだ一度も見た事はない。
今の大翔からはその番組の記憶を消してあるからだ。
どうやらその撮影の後に襲われたらしいから、今は、少しでも刺激を与えないようにという配慮から。
「大翔くん、大怪我したんだって?」
大翔を元いた場所に戻さないのには、もう1つ理由がある。
彼と一緒に共演している銀髪の男との接触を避けるためだ。
その男は、吸血鬼の天敵ダンピールでありながら、大翔を助けたと言う。
突然襲われた大翔を救ったのが彼。
大翔を襲った相手は吸血鬼、救ったのがダンピール。
「うん、大変だったんだよ・・・・・・でもね、パパが大翔くんの怪我を治してくれたんだ」
今の大翔には吸血鬼のとしての記憶も能力もない。
「傷は塞いでくれたんだけど、まだ体力とかは戻ってないから、大人しくさせとかなきゃいけないんだけどぉ」
水島の分のカップを棚から出して振り返ると、彼は瞬に背中を向けていた。
「コーヒー、淹れるの手伝うよ」
振り返った水島に、瞬はニッコリ頷いた。
「ところでミズッチは、何者なの?」
今更な疑問を口にした瞬にクスッと笑う。
「魔術師だよ」
あっさり簡単に正体を口にした水島は瞬の頭部でぴょこぴょこと動く耳を見詰めた。
「帽子からハト出す人?」
「それマジシャン」
両手で鳥を形作っていた瞬の手を下ろさせる。
「ミズッチって普通の人間・・・・・・じゃないよね?」
そのまま水島の手を握って、瞬はクンクンッと鼻を鳴らした。
「どうして?」
水島の顔から笑顔が消えた。
「だって、手ぇ冷たいし・・・・・・顔色悪いし・・・・・・まるで」
掴んだままの瞬の手を自分の胸に当てる。
「・・・・・・僕は死んでるんだよ」
心臓の位置。
「本当だ・・・・・・動いてない」
「まぁ、簡単に言えば『ゾンビ』だね」
感心した瞳を向けてきた瞬に、再び笑みが零れた。
「でも、ミズッチ、どっこも腐ってないように見えるよ?臭くもないし?」
いつだったか、兄と一緒に見た映画で『ゾンビ』と呼ばれていたモノは、真夜中の墓場から甦った腐った死体。
「ははっ、ゾンビにもいろいろあるんだよ」
くしゃっと瞬の髪を撫でた。
「さっ、早く2人にコーヒー持ってってあげよ?」
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