25 / 92
第25話
「あれ?お前、水島?」
トレイに人数分のコーヒーを乗せて運んできたのは、瞬ではなく水島だった。
「瞬は?」
水島の背後に瞬の姿はない。
人見知りな大翔はそっと永久の背中に身を隠した。
「お菓子探して持ってくから、先に行っててって」
ガラスの丸テーブルの上にトレイを乗せて、永久用のカップを持ち上げた。
「ふ~ん・・・・・・で、今日はどうした?水島がココに来るなんて初めてじゃんか?」
久遠の紹介で一度会ったっきり。
「うん。大翔くんが帰ってきてるって聞いたから、久遠さんに送ってもらったんだ」
はいっと差し出されたカップを受け取る。
「久遠に?」
水島はくるっと向きを変えて、大翔用のカップも手にした。
「久遠さん、すっごく楽しそうだったよ?」
笑顔でカップを差し出してきた水島を警戒しつつ、大翔は手を伸ばした。
「大翔くん、僕が怖いの?」
カップに手が届く前に、水島の手が大翔の手首を捕まえた。
大翔の身体が大きくビクンッと振るえ、水島の手を振り払った瞬間、カップが飛んだ。
「あ」
「大翔?」
水島は絨毯の上を転がったカップを拾い上げる。
永久の背中にしがみ付いた大翔は震えていた。
「大翔、どうした?」
酷く怯えている。
何に?
カップをサイドテーブルの上に置き、背中の大翔をそっと離して、優しく抱き締めてやりながら、カップをトレイに戻した水島に振り返る。
「永久くん、拭くものないかな?これ、コーヒーのシミ・・・・・・もうダメかな、この絨毯」
大翔の様子を気にもせず、水島は部屋の中をきょろきょろと見回した。
「後でいい・・・・・・んなことより、水島」
永久が名を呼んだだけで、腕の中の大翔がビクッと震えた。
「お前、大翔に何かしたのか?」
水島が動きを止めた。
「何かって、何?」
口元には笑みを浮かべているものの、水島の目は何かを探るように永久を見詰めてきた。
「おかしな永久くん」
クスッと笑って永久との視線を外す。
「水島」
ギロッと睨みつけて、低く名を呼んだ。
「そんな怖い顔しないでよ・・・・・・僕は・・・・・・」
水島は2人に向かって、いや、大翔に向かって手を差し出した。
「迎えに来たんだよ、大翔くん」
水島が一歩近づいた。
「迎えに・・・・・・来ただと?」
永久は訝しげな表情で近づいた水島を見上げる。
「うん・・・・・・この間、迎えをやったんだけど失敗したみたいで」
水島は溜息を吐き出した。
「この間?」
ずっと大翔の側にいたが、そんな人物は現れなかった。
「嫌がるようだったら手荒なことしてもいいよって言っちゃったから、ちょっと反省してるんだよ」
水島の発する言葉は永久をイラつかせた。
「そのせいで大翔くんに大怪我させちゃって」
「お前が大翔を?」
なぜ、という疑問は浮かんで、すぐに消えた。
水島のせいで、大翔は大怪我をしたという事実が永久の頭の中を支配する。
永久の目がギラッと赤く光った。
「真琴ちゃんの目が覚めたんだよ」
鋭い視線が突き刺さりながらも、水島は涼しい顔で笑みを浮かべている。
「・・・・・・真琴?」
腕の中の大翔が小さく呟いた。
「そう、真琴ちゃん」
水島が口にした『真琴』という名に、微かに反応を示した大翔が水島に視線を向ける。
(真琴って・・・・・・誰だ?)
そんな名前の人物に心当たりはないのに、なぜか引っ掛かる。
水島に対しての恐怖も薄れていくほどに、その名前が大翔の興味を引いた。
「大翔くんに会いたがってるんだ」
水島の腕は大翔に向かって伸ばされたまま。
「おいでよ。僕が真琴ちゃんのところに連れてってあげるよ」
「ふざけんなよ、水島」
フッと大翔の視界が遮られた。
永久の手が大翔の目元を覆い隠している。
「トワッ!」
「大丈夫だ、じっとしてろ」
大翔の耳元で囁き、ギロッと水島を睨みつける。
「会いたいってんなら、そっちから来いよ」
真琴という人物が何者なのか、咄嗟には思い出せなかった。
「永久くん」
水島が溜息を吐く。
「真琴ちゃんは、まだ目覚めたばっかりで動けないんだよ」
伸ばした手を引っ込めて、がしがしと髪を掻き乱す。
「だけど、大翔くんに会いたいって毎日泣いてばかりで・・・・・・だから使いをやったのに」
大翔を傷つけただけで、連れて行けなかった。
「おまけに、ダンピールに気付かれて・・・・・・人選ミスだったなぁ」
大袈裟に溜息を吐く。
「だから、今度は僕が直接大翔くんを迎えに来たんだよ」
パチンッと水島が指を鳴らした。
それを合図に、部屋の扉が勢い良く開き、バタバタと数人の男が中に踏み込んで、ベッドの回りを取り囲んだ。
(気配が無かった?)
永久は立ち上がって、大翔を庇うように背後へ隠した。
2人を取り囲む男達の目が赤く輝いている。
(・・・・・・同族?・・・・・・瞬はどうした?)
この騒ぎに駆けつけない弟の身を案じる。
「永久くん、大人しく大翔くんを渡して」
水島が腕を伸ばす。
背中の大翔はギュッと永久にしがみ付いた。
「君にまで怪我をさせたくないんだ」
「瞬に何した?」
永久の迫力に、取り囲んでいた男達が一歩下がる。
「ちょっと眠ってもらっただけだよ」
何でもないことのように答え、水島は一歩踏み出す。
「ねぇ、永久くん・・・・・・大翔くんを真琴ちゃんに返すんだ」
もう一歩。
「かえ、す?」
水島の言う意味が解らない。
「真琴ちゃんと大翔くんはね、双子の兄弟なんだよ」
いつだったか、大翔と話をしていた頃を思い出す。
大翔が吸血鬼として覚醒した頃。
大翔には双子の弟がいたこと、そして、その弟は覚醒しなかったこと。
「大翔くんの唯一の身内が、大翔くんに会いたいって言ってるんだよ」
だから、彼の元に大翔を連れて行く。
「じゃぁ・・・・・・なんで・・・・・・」
今の状態の大翔を会わせても意味がないのではないか?
それに、なぜ危害を加えるような形で拉致しようとしたのか・・・・・・
「なんで?こっちが聞きたいよ・・・・・・どうして大翔くんは抵抗するの?」
回りを取り囲む男達がジリジリと間合いを詰め始めた。
「どうして嫌がるの?」
水島が再び一歩前に出る。
「・・・・・・孤児院を焼いた」
ボソッと大翔が呟いた。
「何?」
水島が眉を顰める。
「大翔?」
ぎゅっと永久の上着を握り締めて、大翔が顔を上げた。
「優しかったあの人と一緒に・・・・・・お前らは孤児院を焼いた」
大翔の声は震えている。
「大翔?お前記憶は・・・・・・?」
「混乱してるみたいだね」
大翔は瞳にいっぱい涙を溜めていた。
「俺がいたから・・・・・・あの人は殺された」
呼吸が乱れ始める。
「大翔」
永久は大翔の頬に触れ、その瞳を覗き込んだ。
「アイツが、孤児院を焼いたんだ」
嗚咽が漏れる。
「アイツ?」
ちらっと水島に視線を飛ばす。
「あ・・・・・・あぁ、あの時の・・・・・・」
水島は何かを思い出したらしい。
取り囲む男達に制止を命じ、コキッと首を鳴らす。
「しょうがないよ・・・・・・真琴ちゃん、まだ起きたばっかりで、状況も何も把握してなかったし」
覚醒して間もなく、誰も知らない間に外へ飛び出した真琴はフラフラと街を彷徨い歩き、そして双子の兄の姿を見付けた。
駆け寄ろうとした真琴の目の前には孤児院が。
自分以外と接触したことの無いはずの兄が、彼らに向かって笑顔を作った。
その頃、既に記憶の無かった大翔は真琴に気付かず・・・・・・
「真琴ちゃん、めちゃくちゃ泣いたんだよ?」
水島はスッと目を細めた。
「ひどいお兄ちゃんだよね?」
部屋の気温がどんどん下がっていく。
「さぁ、話の続きは真琴ちゃんのとこに帰ってからにしよう」
水島がパチンッと指を鳴らし、取り囲んでいた男達は一斉に飛び掛った。
「しっかり掴まってろ」
舌打ちした永久は大翔を抱き締め、間一髪のところで床を滑ってかわすと、そのまま部屋を飛び出した。
「追って」
水島の指示で男達も部屋を飛び出す。
「逃がさないよ、大翔くん」
ともだちにシェアしよう!