29 / 92

第29話

もう逃げられない。 退路は全て断たれてしまった。 今身を隠しているこの場所が見付かるのも時間の問題だった。 「・・・・・・と、わ」 弱々しい声に名前を呼ばれて、腕の中に抱えていた者の顔を覗き込む。 「俺を・・・・・・置いて・・・・・・逃げ・・・・・・っ」 あと少しで自由になれそうなのに・・・・・・ 「俺ももう動けねぇよ」 先程背中に受けた衝撃がまだ残っている。 彼を抱えたまま戦っていた腕も、痺れていて感覚が戻っていない。 「永久・・・・・・んっ・・・・・・お前・・・・・・だけ、なら・・・・・・」 腕の中で浅い呼吸を繰り返している大翔の腹部は深く抉られていた。 (血が止まらねぇな・・・・・・) 頬に掛かった髪を払ってやる。 「大翔」 閉じかけていた瞼が、弱々しく持ち上がり、その瞳に永久を映す。 「俺はお前を独りにしない」 永久は大翔を抱え直し、顎を掴んで固定させた。 ガチッと、奥歯に詰め込んでおいたモノを噛み砕く。 「・・・・・・んん・・・・・・永久・・・・・・ん・・・・・・」 そのまま大翔の口を開かせ、唇を重ね合わせ、舌を奥へと捻じ込んだ。 ドクンッと大きく心臓が跳ね上がる。 すぐさま大翔の目が見開かれ、口の中に血の味が広がった。 唇の端から一筋の血が顎を伝って落ちる。 「うあ、あっ・・・・・・あぁっ・・・・・・と・・・・・・わっ、かはっ」 腕の中で咳き込み、胸を押さえ込む。 「ごほっ・・・・・・ごほっ・・・・・・」 咳き込むたびに血を吐き出した。 「大翔・・・・・・一緒に逝こう」 彼の目尻に浮かんだ涙を舐め取り、永久は大翔を抱き締め・・・・・・ 「と・・・・・・あっ?」 彼の背中に刀を突き立てた。 「っ・・・・・・とっ・・・・・・わ・・・・・」 そのまま大翔の体を貫通させ、自らの胸を抉る。 腕の中で一瞬硬直した大翔の身体を強く抱き締める。 「ぐふっ!」 刀の切っ先が永久の背中から突き出た時、大翔の体から力が抜けた。 「誰にも・・・・・・大翔は渡さねぇ・・・・・・」 「・・・・・・ちゃんってば!」 抱き上げた兄の指先がピクッと動いた。 「兄ちゃん!いつまで寝てんの!」 兄の身体を大きく揺さぶる。 まだ全身が痺れていた兄は、ゆっくりと瞼を持ち上げ、涙目で見下ろしてくる弟の姿を見付けた。 「・・・・・・・・・瞬?」 大翔と一緒に逃げ込んだ地下の部屋から出され、永久はリビングのソファに寝かされていた。 「パパッ、久遠ちゃん、兄ちゃん起きたよぉ!」 パタパタと瞬の尻尾が揺れている。 「おう、馬鹿息子、よく寝てやがったなぁ」 ニッと白い歯を見せて、父親が顔を覗かせた。 「大丈夫、永久くん?」 香水の匂いを撒き散らしながら久遠が近づいてくる。 「・・・・・・お・・・・・・れ・・・・・・なに?」 なんだか記憶が混乱している。 「君1週間も寝たままだったんだよ?」 自分はなぜココに寝かされているのか? 「ダンッ・・・・・・ピールがっ・・・・・・大翔と・・・・・・逃げ、て・・・・・・」 3人が顔を見合わせる。 「お前、いつの話をしてるんだ?」 ぐしゃっと永久の髪に指を入れて、父親が溜息を吐き出す。 (いつ?) 何を言っているのかと、永久はぐるっと部屋の中を見回した。 「・・・・・・っろと、は?」 声が掠れてはっきり言葉に出来ない。 「なぁ・・・・・・大翔・・・・・・は?」 何処にもいない。 「お、れが・・・・・・殺した、ひろ・・・・・・と、は?」 さっきまで腕の中にいたはずなのに・・・・・・ 「兄ちゃん?何言ってんの?」 瞬が永久の顔の前で手を振る。 瞬と焦点が合っていない。 「大翔は・・・・・・俺が、殺した・・・・・・あいつらに、渡さない・・・・・ために」 「え?なんて?」 「あぁ、あの頃か」 父には思い当たる節があるようだ。 「パパ?兄ちゃんが大翔くんに何をしたって?」 瞬と久遠の視線を受け、ガシガシと髪を掻き乱す。 「お前、もうちょっと寝ろ・・・・・・今度は夢を見ねぇようにな」 彼の手が永久の目を覆い隠す。 「眠れ」 永久はすぐに寝息を立て始めた。 「パパってば!」 腰に飛びついてきた瞬を剥がし、そのまま隣の部屋へと連れて行く。 「はいはい、教えてやるから」 彼は1人掛けのソファに腰を下し、瞬を床に跪かせた。 久遠は3人掛けのソファの真ん中に座り、足を組む。 「あいつがダンピールで親玉やってた頃に・・・・・・」 何でもないことのように始めた話は、すぐに久遠が止めた。 「ちょっと待った、ジャック・・・・・・永久くんがダンピールで親玉って何なんです?」 久遠が永久に会った時、彼は既に吸血鬼だった。 「あ?お前も知らなかったのか?」 ダンピールは死ぬと吸血鬼になると聞いた事はあったのだが、永久がダンピールだったというのは初耳だった。 「さすが俺様の息子だろ?」 ジャックは自慢げに胸を張った。 (さっき馬鹿息子って言ってなかった?) それがな、と彼は顎を擦る。 「あいつ、大翔に一目惚れしちゃってな?でな、あいつ、当時の仲間を裏切って2人で逃げちゃったわけさ」 なぜか嬉しそうに語る。 「・・・・・・わけさって」 「まぁ、すぐに追っ手が放たれて、追い詰められて・・・・・・」 ダンピールだった永久は、吸血鬼だった自分の父親を殺そうとしていた。 そんな時、大翔と出会った。 一目惚れの衝撃・・・・・・永久はコロッと態度を変えた。 永久がどんどん大翔にハマっていったのを面白そうに見ていた。 そんな時、永久のダンピール仲間が二人の関係を知り、激怒した。 自分達のリーダーが、よりにもよって吸血鬼に恋をしたなどと! 彼らは大翔を襲い、殺そうとしたのを永久が間一髪で救い出し、2人で逃げ出した。 永久の父親、ジャックが駆けつけた時、大翔は永久の腕の中で灰になり始めていた。 「そん時だ。あいつが吸血鬼として生まれ変わったのは」 永久は大翔を抱き締めたまま、ダンピールから吸血鬼へと身体が変化し始めていた。 「更に・・・・・・あいつには、ダンピールだった頃の記憶がねぇ・・・・・・はずだった」 ここが重要だとジャックは言い、立ち上がった。 「あいつの仲間は全員俺が殺して支配下に置いたし?大翔を自分が殺したぁなんてこと、口にするわけねぇんだ」 顔を顰めながら、部屋の中を徘徊し始める。 「久遠ちゃん、なんかすごいこと聞いちゃったね」 兄が大翔を殺した事があるなどとは初耳だ。 「俺、次から兄ちゃんとどんな風に接したらいいんだろう?」 こちらも混乱し始めたか、と久遠は溜息を吐き出した。 少々頭痛がする。 「別に普通でいいんじゃない?だって、ダンピールだった頃のこと覚えてないんでしょ?」 今は記憶が混乱しているようだが。 「大翔くんのことを自分が殺したなんて、灰にした事があるなんて知ったら永久くんはきっと卒倒するだろうね」 落ち込んだ永久の姿を想像する。 (まぁ、それはそれで面白いかもね) フフッと笑う久遠に胡散臭げな視線を向け、瞬は唸る。 「前の大翔くんだったら、兄ちゃんに灰にされたこと覚えてたかなぁ?」 自分を殺した相手と暮らすことなんて? 「まぁ恐らく、襲ってきた奴らがなんらかをして、それでなんらかの副作用で馬鹿息子の記憶が混乱したんだろうが・・・・・・」 ブツブツと呟きながら、部屋の中をうろつき回る父に冷ややかな視線を向けて、瞬は溜息と吐いた。 「なんらかって何?俺の場合はミズッチに後ろから殴られてタンコブ出来たんだよ?」 可哀想な俺、と後頭部を擦る。 「大翔を連れ去った奴等はぁ・・・・・・瞬が言うには1人はゾンビだったって言うし・・・・・・あの部屋に残ってた気配は魔女の・・・・・・」 ピタッと足が止まった。 「・・・・・・魔女・・・・・・」 低く唸りながら、ジャックは床に膝をついた。 「パパ?」 「まぁ、間違いねぇなぁ・・・・・・久遠」 呼んだ瞬ではなく、久遠を見上げて・・・・・・ 「お前、破滅の魔女って知ってるか?」 魔女と呼ばれる一族。 「・・・・・・小さい頃、母様に聞いたことがあるけど・・・・・・魔女の中でも最強と謳われた人でしょ?」 最強という言葉に、瞬は反応し、ワクワクと輝いた瞳を久遠に向けた。 「その昔、吸血鬼を支配してたこともあるって聞いた事が・・・・・・」 「大翔に、その魔女の血が流れてるって知ってたか?」 久遠の話を遮り、ジャックが口を挟んだ。 「え?」 久遠が眉を顰める。 「昔の仲間に聞いてきた」 ガサガサと、懐からクシャクシャな紙を取り出した。 「破滅の魔女には2人の孫がいた」 「その1人が大翔くん?」 瞬は立ち上がり、久遠を押しのけて、彼の隣に座った。 「あぁ・・・・・・双子だったらしい・・・・・・大翔に弟がいた」 大翔の母親は、破滅の魔女の娘・・・・・・ そして父親は・・・・・・ 「2人の父親は、破滅の魔女が従えていた吸血鬼」 母親は、2人を産んですぐに他界。 2人の父親である吸血鬼は、破滅の魔女の手によって消滅したと言われている。 「破滅の魔女には後継者がいなかったため・・・・・・自分の能力を受け継いでいる弟を手元に置き、大翔を塔に幽閉した」 「なんで?」 瞬はムッと唇を尖らせた。 「なんで大翔くんだけ閉じ込めたの?」 双子の弟は手元に置いたのに・・・・・・ 「大翔は強すぎたんだ」 久遠と瞬は顔を見合わせた。 「破滅の魔女はCross of the blood(血の十字架)で大翔の能力を封印し、魔女としての能力を失った」 ジャックはぐしゃっと紙を握り潰した。 「破滅の魔女が全力で掛からなければならないほど、大翔の力は並外れたものだった・・・・・・」 力を封印された大翔の記憶は混乱し、力が暴走した。 「破滅の魔女に支配されていた吸血鬼達は、大翔の暴走によってその呪縛から解き放たれ、魔女一族は大打撃を受けた」 大翔の暴走は7日間続いたのだそうだ。 それを止めたのは、大翔の双子の弟だったという。 「大翔くんの・・・・・・弟」 似てるのかなぁ、と大翔を思い浮かべる。 「その弟は、そのまま大翔をつれて姿を消した」 破滅の魔女の血を引く双子の兄弟のことは、他の魔女の一族、ダンピール、吸血鬼の中で噂になり、誰もが双子を探した。 ジャックもその中の1人だった。 「俺が大翔を見付けたのは偶然だ」 誰かは知らないが、吸血鬼の誰かが、その弟に閉じ込められていた塔から大翔を連れ出した。 その吸血鬼と接触しようとして、街を彷徨って・・・・・・ 満月の夜・・・・・・ ぼんやりと空を見上げる大翔を見付けた。 「そっと手を差し出したら・・・・・・あいつ、素直に俺の手を取った」 あの頃の状況を思い出して、ジャックはフッと笑みを浮かべた。 「一緒に来るか?」 なぜ、自分はそんなことを言ったのか・・・・・・ 自分はなぜ大翔を探していたのか・・・・・・ 振り返った大翔を見たら、そんなことはどうでも良くなっていた。 「俺は・・・・・・護りたいと思ったんだ、あの時」 ジャックの手を取った大翔を引っ張り、腕の中に閉じ込めた。 「可愛かったなぁ・・・・・・くてんって俺様の胸に顔を埋めてなぁ・・・・・・」 「ジャックと大翔くんの出会いはいいから・・・・・・で、拉致られた大翔くんが何処にいるのか解らないの?」 でれっと顔を崩していたジャックの頬を抓り、瞬がぷうっと頬を膨らませた。 「ふっふっふっ・・・・・・俺様に抜かりはない」 ジャックは白い歯をニッと見せて、得意げに胸を張った。 「馬鹿息子が落ち着いたら、大翔を迎えに行くぞ」

ともだちにシェアしよう!