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第30話

「・・・・・・とわ」 漸く搾り出す事が出来た声は掠れて、視界も霞んでいて・・・・・・ その瞳は開いてはいるが光はなく、止めどなく涙を流し、何も映してはいなかった。 「お兄ちゃんったら・・・・・・また、あの男の名前なんか呼んで」 ぼんやりと宙を見詰める兄を抱き締めたまま、優しく髪を梳きながら彼は小さく溜息を吐いた。 「と・・・・・・わ・・・・・・」 ぐったりと力の抜けた身体を、なんとか動かそうとしているのが解る。 「呼んだって、その男は来ないわよ?」 実際、両手両足に嵌めた枷は必要ないほどの、僅かな抵抗だった。 「真琴がいるのに」 真琴はぷぅっと頬を膨らませた。 兄の頬を撫で、ゆっくりと顔を近づけていく。 「どうして消えないのかしら?」 再び声を発しようとした兄の唇に人差し指を当てて制止させた。 「お兄ちゃんを何度灰にすれば、あの男の事を消滅させられるの?」 そう耳元で囁き、兄の首筋をぺロッと舐めた。 ピクッと反応を示した兄に嬉しくなって、彼はそのまま首筋に牙を立てた。 「あっ・・・・・・あぁ、あっ・・・・・・」 びくんっ、と大きく兄の身体が跳ねる。 「お兄ちゃん、昔みたいに真琴だけを見て?」 仰け反った兄の肌にギリッと爪を食い込ませる。 「いっ・・・・・・やぁ・・・・・・と、わっ」 今自分が置かれている状況は把握できず、その唇からは真琴の名が紡がれることはなく、ただ嗚咽が漏れた。 「とわっ・・・・・・ひっ、ん・・・・・・と、わ・・・・・・ぁ」 まるで全身で弟を拒否しているように感じ、真琴は盛大に溜息を吐き出してそっと顔を上げた。 「お兄ちゃん」 「・・・・・と・・・・・・・・・わ」 兄は虚ろげな瞳で、1人の男の名を連呼するばかり。 「水島ちゃ~ん」 真琴は兄の首筋から流れ出る血に触れた唇をぺロッと舐め、この部屋の外で待機している男の名を呼んだ。 「どうしたの、真琴ちゃん?」 静かに扉が開く。 真琴の腕の中で怯えている彼の兄は、部屋の中に足を踏み入れた水島に視線を向けた。 瞳は虚ろなままだったが、彼と目が合った瞬間、水島はハッと息を飲んだ。 飲み込まれそうだと思った。 無意識に一歩踏み出して、大翔に向かって腕を伸ばす。 「水島ちゃん?」 彼に名前を呼ばれて我に返る。 いつの間にかすぐ側まで近づいていた真琴に顔を覗き込まれて、ボッと顔が真っ赤に染まった。 「まっ、真琴ちゃん?」 不思議そうに、大きな目を更に大きく開いて、首を傾げる彼に・・・・・・ (ドキッとした) 水島の心臓は動いていないけれど。 ぷぅっと頬を膨らませ、愛らしい唇を尖らせた真琴は、水島の鼻先をツンッと突付いて兄の元に戻った。 「水島ちゃん、お兄ちゃんの中から、まだ永久の記憶が消えてない」 彼は御立腹の御様子。 真琴の腕の中で過呼吸気味な彼を見下ろし、嘆息する。 「つまり、また儀式は失敗ってこっ・・・・・・?!」 ギロッと真琴に睨まれて言葉を飲み込んだ。 「水島ちゃん!」 彼の身体から黒い霧が噴出す。 「ごめん・・・・・・じゃぁ次は、やり方を変えてみよう」 2人に近寄り、彼の側に膝をついた。 真琴の身体を取り巻き始めていた黒い霧が一瞬で消える。 「やり方を・・・・・・変える?」 水島は真琴の手を取り、その手の甲に口付けた。 「永久くんのこのとを消せないのなら・・・・・・消去じゃなくって、書き換える」 ニッコリと笑って顔を上げた水島に、真琴はきょとんと瞬いた。 「どうやって?」 何度殺しても永久の記憶が残っている。 リセット出来ない。 その身体から全ての血を抜き取って灰にしても・・・・・・甦った大翔は永久の名を呼ぶ。 「上書きするんだ」 破滅の魔女が兄に封印したCross of the blood(血の十字架)も現れない。 「僕に任せて」 興味に輝く真琴の腕の中で、ぼんやりとこちらを見ている彼に手を伸ばす。 「大翔くん」 頬に触れて、溢れ続けている涙を拭ってやる。 「ごめんね・・・・・また少しの間眠ってね」 彼の首に両手を掛けた。 「・・・・・・んっ・・・・・・はっ」 水島の手に少しずつ力が加わる。 涙を流すことしか出来ない彼の息が徐々に切れ切れになって・・・・・・ 「はっ・・・・・・あ・・・・・・は、ひっ・・・・・・んっ」 酸素を求めて開く兄の口に、真琴は指を入れた。 「大丈夫よ、お兄ちゃん・・・・・・真琴がいるわ」 「ぐっごっ・・・・・・・・・ごっ」 びくんっと大きく兄の身体が跳ねる。 「お兄ちゃん、おやすみ」

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