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第31話
とても静かな空間だった。
(・・・・・・また、闇の中か)
何もない。
何も見えてない?
全身は重い。
「大翔」
すぐ耳元で名前を呼ばれたけれど・・・・・・
「大翔」
その声が誰のものなのか・・・・・・
確かめたいのに動けない。
今自分は目を開けているのか、閉じているのかも解らない。
(・・・・・・誰?)
何かが頬に触れたのは解った。
「・・・・・・ひ・・・・・・と」
だんだん声が遠くなっていく。
引き止めなきゃいけないのに、声が出せない。
(行く・・・・・・な、よ・・・・・・)
とくん・・・・・・
(馬鹿、やろっ・・・・・・)
とくん・・・・・・とくん・・・・・・
(俺を、置いて・・・・・・く・・・・・・)
涙が頬を濡らしていく。
前なら誰かが拭ってくれたのに・・・・・・
けれど、それが誰だったのかが思い出せない。
「・・・・・・トく・・・・・・ロ・・・・・・」
また声が呼んだ。
(呼べよ・・・・・・もっと・・・・・・)
ふわっと身体が浮いた気がした。
「ロトくん・・・・・・大翔、くん?」
どんどん上に引き上げられている気がする・・・・・・
(もっとだ・・・・・・)
両腕を上げる。
(俺を呼べ)
「大翔くん」
ぼんやりと浮かび上がった視界の中に水島と・・・・・・
「真琴?」
満面の笑みを浮かべた弟が顔を覗き込んできた。
「おはよう、お兄ちゃん」
何がそんなに嬉しいのか解らないが、とりあえず、くしゃっと弟の髪を掻き回し、上体を起こした。
「水島?」
何か違和感を感じて、少し離れた場所に立っていた水島を手招く。
「え?何?」
水島はきょとんっと振り返った真琴と視線を交わし、ベッドの端に腰掛けた大翔に近づいて行った。
「何、じゃねぇだろ?」
なぜか機嫌が悪いらしい大翔の腕が伸びる。
「へ?」
そのまま水島の胸倉を掴み、引っ張り寄せた。
「んっ?!」
真琴は目の前の状況に固まり・・・・・・
水島は目を白黒させ・・・・・・
「ぷはっ」
満足げな笑みを浮かべて、大翔が離れた。
「ぼぉっとしてんじゃねぇよ、水島」
大翔はぺろっと唇を舐め、水島の肩に手を乗せて立ち上がった。
「目が覚めて、なんか忘れてんなぁと思ったらコレだよ、コレ」
親指で下唇を擦り、大欠伸をしながら部屋を出て行く。
「え?ちょっと、お兄ちゃん?」
真琴は慌ててその背中を追った。
「え?」
バタバタと真琴が部屋を出て行き、水島は頬を真っ赤に染めて、口元を押さえた。
「えぇ?どういうこと?」
たった今、自分の身に何が起こったのか?
「なんで?」
混乱中。
「なんで大翔くんとキス?」
部屋の中にぽつんと取り残されたまま、水島の混乱は続く。
一方・・・・・・
「お兄ちゃん!」
ぐっと身体のあちこちを伸ばしながら歩いていく兄の背中。
「待ってよ、お兄ちゃん!」
漸く追いついて、その腕に抱きついた。
「なんだよ、真琴?」
しょうがねぇなぁ、と足を止めた兄の目に怯えの色は見えない。
「真琴のこと解る?」
先程目覚めた時から、ちゃんと名前を呼んでくれてはいるが少し不安になった。
「何言ってんだよ?俺の双子の弟だろ?」
可愛い可愛いっと言いながら、頭を撫でられる。
(今度こそ上手くいったのね、水島ちゃん)
嬉しくなって、もう一度ぎゅっと兄の腰に抱きつこうとして、ふと止まる。
思い出したのは、先程の光景。
「お兄ちゃん、さっき、どうして水島ちゃんにキスしたの?」
兄と水島、2人がキスをする仲などとは・・・・・・
「はぁ?何言ってんだよ、真琴」
不思議そうに大翔の大きな目が、更に大きく開かれた。
「恋人同士なんだから、起きたら最初にちゅーするのは常識だろ?」
つんっと真琴の額を突付き、大翔は再び歩き出した。
「え?」
真琴はぽつんとその場に取り残される。
(今・・・・・・なんて?)
兄の言葉がリピートされる。
「こい・・・・・・びと、どうし?」
口にして、頬が引き攣る。
「ちゅーをするのは、常識?」
誰と、誰がキスをした?
兄の言葉と、先程の光景が頭の中をぐるぐる回る。
「水島ちゃん!」
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