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第32話
疲れていた。
一体、何をどう間違えたのだろうか・・・・・・
魔道書は何回も読み返した。
唱える言葉も重要な箇所で噛まないように、何度も繰り返し練習した。
(大翔くんと真琴ちゃんの兄弟関係は・・・・・・問題ない、よねぇ?)
ベッドに寝転がり、天井を見詰める。
(真琴ちゃんは嬉しそうだし、大翔くんも真琴ちゃんを可愛がるし?)
以前の、水島が2人に出会う前の兄弟の関係がどんなものだったかは知らないが、今のところはいい雰囲気だと思う。
(問題は、どうして僕の事をこここっ、恋人だなんて・・・・・・)
ぼっと顔が真っ赤に染まった。
(さすが真琴ちゃんの双子のお兄ちゃん・・・・・・そっくりな顔で見詰められたら、僕・・・・・・)
寝返り、枕に顔を埋める。
(照れる)
ぐりぐりと枕に顔を押し付ける。
(いやいや、照れてる場合じゃなかった)
顔を上げて枕に顎を乗せた。
(まさか、僕の無意識な下心が・・・・・・え?下心って?)
そんなもの、あるはずがない。
けれど、彼は水島が最も大切にしている真琴と瓜二つ。
(大翔くんに惹かれてる?)
彼と目が合うと、ドキドキする。
いや、随分昔に自分の心臓は鼓動しなくなっていたはずだけれど。
ぎゅっと胸を押さえてみる。
やはり、今も鼓動はない。
あのドキドキは気のせいだったのだろうか?
(僕には・・・・・・真琴ちゃんが・・・・・・)
水島は目を閉じた。
(静かだなぁ)
ガサゴソ・・・・・・
「へ?」
なんの音だろうと目を開ける。
水島は身動き1つしていないが、なぜか、ガサゴソとシーツが擦れる音と共に、ベッドが微かに揺れている。
「水島?」
大翔が足元から這い上がってきた。
「なななっ、なんで?どどどっ、どうしたの?」
この部屋の扉に鍵はなく、誰だって簡単に入って来れる。
「どうしたも何も・・・・・・恋人同士が一緒のベッドで寝るのは普通のことだろ?」
水島は目を白黒させながら、飛び起きた。
こんな場面を真琴に目撃されるわけにはいかない。
とにかくベッドから大翔を出さないと・・・・・・
「ぬわっ!なんで僕裸なのぉ?」
寝る時はパジャマに着替えたはず・・・・・・
「なんでって?俺が脱がせてやったからさぁ」
大翔はニッコリ笑う。
「ぬぬぬっ脱がせたって、いつ?」
真っ赤になってシーツを手繰り寄せる。
「いつだろうな?」
大翔は水島の隣で頬杖をつく。
「ひっ、大翔くん」
この状況をなんとかしないと、と水島は忙しく視線を動かし、とにかく脱がされたと言うパジャマを探した。
「なんだ、水島?」
パジャマは見付からない。
「えっと、あの・・・・・・どうして・・・・・・」
パジャマがないのなら、なにか羽織るものはないか?
「僕のこと・・・・・・恋人だなんて?」
何も見付からない。
「なんだよ?ひょっとして記憶喪失なのか?」
急に不安げな表情で、大翔の手が水島の頬に触れた。
「お前が告ってきて、俺がそれに返事したじゃん?」
「え?」
大翔と目が合った瞬間、またドキッとした。
(この目・・・・・・なんかヤバイ)
頭の奥で警報が鳴った。
「水島?」
咄嗟に大翔の目を両手で塞いだ。
水島の手首に大翔が触れる。
「ごめん、大翔くん」
なぜか胸が痛い。
「なんだよ?なんで謝るんだ?」
なにかに胸を締め付けられているみたいだった。
「ごめんね?もう一度やり直す・・・・・・から」
何度もこの手で大翔を灰にしてきた。
今更何て事はない。
もう一度、大翔を灰にして儀式をやり直す。
(きっと、僕の無意識な下心が変に作用しちゃっただけなんだ)
大翔は真琴の大切な人。
自分が大翔の心を受け取ってはいけない。
「ごめんね」
そっと大翔の目元から手を外す。
大翔の大きな目は、真っ直ぐに水島を見詰めていた。
「大翔、くん?」
ごくっと生唾を飲み込んで、彼の首に手を伸ばす。
「・・・・・・水島、俺を殺したいのか?」
水島に殺されるかもしれないのに、大翔の心は落ち着いていた。
「え?」
締めようとしていた手が止まる。
なぜ止めたのかは解らない。
動揺が・・・・・・
「いいぜ?」
大翔は笑った。
「・・・・・・なんで?」
動揺が隠せない。
「俺を殺すのが・・・・・・恋人なら、俺はっ・・・・・・!!」
突然大翔の目が見開き、息が止まった。
中途半端に開いた唇の端から、一筋の血が流れ、顎を伝う。
「儀式は失敗だったよのね・・・・・・水島ちゃん」
冷たい響き。
いつの間に部屋に入って来たのか、真琴が大翔の背後に姿を現した。
「真琴ちゃ・・・・・・」
彼女の手は真っ赤に染まっている。
「・・・・・・真琴、ちゃん」
ぐらっと傾いだ大翔の身体を抱き止め、手にべっとりとついた血を舐める真琴を見詰めた。
「ほら、水島ちゃん・・・・・・ぼさっとしてないで、儀式の準備をしなきゃ」
虚ろな瞳の大翔が、腕の中で灰になっていく。
(・・・・・・大翔くん)
指の隙間から、さらさらと灰が零れる。
(ごめんね、大翔くん)
その頃・・・・・・
外壁をよじ登る男を照らす半月。
「兄ちゃんの回復なんて待ってられません」
ひょっこりと顔を覗かせたのは、半獣化した瞬だった。
「狼男の嗅覚を舐めんなよっと!」
ゾンビだと言う水島の匂いは追えなかったが、一緒に漂っていた真琴の甘い匂いは簡単に捕まえる事が出来た。
兄、永久が倒れていた部屋に漂っていた甘い匂い。
「さっさと大翔くん見付けて連れ帰ろう」
屋敷の中へ入れる窓を見付けて飛び込んだ。
くんくんと鼻を鳴らす。
「はい、大翔くんの匂い見っけ!」
僕天才、と付け加え、大翔の匂いが流れてくる方角に走り出した。
(血の匂いもする)
何人かの気配を感じながら角を曲がる。
ただの人間ではなさそうだ。
(吸血鬼?)
廊下に数人の男を見付けて身を隠す。
彼らはまだ瞬の進入に気付いていないようだ。
(ってか、あの人達・・・・・・寝てる?)
数人で小さく纏まって動かない彼らに訝しげな視線を向ける。
彼らの目は開いているが・・・・・・
(目ぇ開けたまま寝てる?)
思い切って飛び出してみたが誰もこちらを見ない。
「もしもし?」
離れた場所から声を掛けてみる。
しかし、彼らはピクリとも動かない。
瞬は1歩踏み出してみた。
一斉に襲い掛かられても、すぐに逃げ出せるよう警戒しながら、少しずつ、ゆっくり近づいて行く。
大翔の匂いは彼らの向こう側から流れてきているため、この廊下を通らなければならない。
「そのままぁ・・・・・・寝ててくださぁい」
彼らとは、どの吸血鬼とも目が合わず・・・・・・
誰も瞬を気に留める者もなく・・・・・・
こつんっと軽く肩が当たっても動じない。
「失礼しましたぁ」
彼らの間をすり抜けて、最初の角を曲がって、壁に背中を当てて止まった。
ごくっと生唾を飲み込んで、そっと彼らの様子を見てみる。
先程と同じだ。
まったく変わりはない。
「・・・・・・なんなんだ、一体?」
襲い掛かってこなかったのは良かったけど。
「まっ、いっか」
とにかく先を急ごう。
くんくんと鼻を鳴らす。
「大翔くん、待っててね」
先程より大翔の匂いが濃くなった。
(・・・・・・ここ?)
開けっ放しの扉から中を覗き込んでみる。
大翔の血の匂いが濃い。
部屋の中には誰もいない。
大きなベッドが中央にあるのだが、その白いシーツに・・・・・・
「これ・・・・・・大翔くんの、血?」
大きな血溜まりがある。
べったりと手の平が赤く染まる。
「・・・・・・まだ新しい?」
大翔は怪我をしているのか?
「でも、この血の量・・・・・・ちょっとした怪我ってわけじゃないよね?」
すぐに手当てをしなければと、止血に使おうとそのシーツを握り締め、部屋を飛び出した。
「大翔くん!」
もう誰に見付かっても構うもんかと大声を張り上げる。
「大翔くん、何処?」
片っ端から扉を開けて回るが、大翔の姿は見当たらない。
「ちっくしょぉっ!何処のどいつだぁ!大翔くんを攫ったのわぁ!」
いや、大翔を連れ去ったのは水島だと分かっている。
「出てきやがれぇ!」
騒ぎながら、目の前の階段を駆け上がった。
「ミズッチッ!何処だぁっ!」
力一杯その名を叫んだ。
「大翔くんを返せぇ!」
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