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第42話

「で、実際何してたんだよ?」 大翔の待つ部屋に直行しようとして、ついでに何か飲み物を持っていってやろうと立ち寄ったキッチンで目撃したのは・・・・・・ 弟の瞬と大翔の抱擁シーン。 いつだったか、大翔は大きな犬が苦手だと言っていなかっただろうか? 瞬は今半分狼化している。 大翔に怯えている様子はない。 今置かれている状況に慣れたのだろうか? (人が必死になって、お前のことを親父と真琴に説明してる間に・・・・・・) 手首を掴んで引っ張っていた大翔に振り返る。 「何って・・・・・・別に?」 なぜ永久は機嫌が悪そうなんだろうと首を捻った。 「モフらせてもらってただけ」 あのフワフワな耳と、フワフワな尻尾・・・・・・ぬいぐるみとは違う感触。 「もふる?」 あの時の大翔の目はキラキラと輝いていた。 それはそれは嬉しそうに。 「モフモフだった」 一方瞬は、頭部の耳がぴょこんぴょこんと跳ね、そして立派な色艶の尻尾が嬉しそうに揺れていた。 (あのデレきった顔・・・・・・瞬、てめぇは後でシめる!) ぐっと拳を握って決意している隣で、大翔は眠そうに目を擦り、欠伸を噛み殺した。 目尻に浮かんだ涙を親指の腹で拭ってやる。 「眠いのか?」 とろんっとした眼差しを向けられ、ドキッと心臓が高鳴った。 「ん・・・・・・でも喉も渇いてる」 再び欠伸。 大きく開けられた口の中に、見慣れた牙はない。 「まぁ、先にちょっと寝ろよ・・・・・・その間に、俺が愛情たっぷりの特製ジュースを作ってやっから」 コクンと頷いたのは覚えている。 その後は、ふわふわと揺れていた。 足が地についていないみたいに・・・・・・・・・ 真っ白な空間を、ぼんやりとしたまま浮かんでいて・・・・・・・・ 暫くしたら、何処かの景色が見えてきた。 頬杖をついてぼんやりと外を眺める自分の姿が見える。 (あぁ、これは夢だなぁ) 窓の外は、太陽の光に反射して積もった雪がきらきらと輝いていた。 今日何度目かになる溜息を吐き出し、大翔は席を立った。 手にしていた分厚い本を棚の定位置に戻し、眼にかかるほど長い前髪を掻き上げる。 本を開いていても内容は殆ど頭に入っていなかった。 「大翔くん」 部屋の入口付近の椅子に座っていた人物の声。 (あれ・・・・・・こいつ・・・・・・誰だっけ?) どこかで会ったような気がするのに思い出せない。 「ちょっといい?」 ふわりと柔らかな笑みを浮かべ、組んでいた足を解いて立ち上がる。 読んでいた本を小脇に挟み、大翔に近づいてきた。 「なんだよ」 大翔は近づいてきた男を胡散臭そうな目で見詰めた。 (あ、俺、こいつのこと苦手だ) 男は口元に笑みを浮かべているが、目は笑っていない。 「2人っきりで話したい事があるんだ」 男は、2人っきりを強調した。 ここは他にも人がいるから場所を移そうと提案されたが、この男と2人っきりになる気はまったくない。 「嫌だ」 大翔は即答し、くるっと向きを変えた。 「ちょっと、大翔くん」 小走りで大翔の隣に並び、彼の顔を覗き込む。 「永久くんのことなんだけど」 男の口から飛び出した名前に大翔の足が止まる。 「俺の話、聞いてくれる気になった?」 男がニッコリ笑う。 相変わらず目の奥は笑っていない。 というか、大翔の反応を観察しているようで・・・・・・気分が悪い。 (ムカつく) 気は進まないが・・・・・・ 「なんだってんだよ」 前髪を弄りながら歩き出した男の後ろを、渋々、ついて行く。 周囲の人間の数がどんどん減っていく。 (お~い、夢ん中の俺!なんか嫌な予感がするんだけどもぉ?) 男は迷いもなく一つの扉の前で足を止めた。 カチャッと扉を開く。 「入って」 中は暗い。 (なんかココ、ヤバイんじゃねぇの?) そこに入ってはいけない気がする。 ドキドキと鼓動が早くなって、大翔は胸を押させた。 「入って」 男が大翔の背中を押す。 「触んな」 パシッとその手を叩き落し、同時に部屋の中に足を踏み入れた。 「っ!」 ぞわっと背中に悪寒が走り、息を飲んだ。 (てめぇ!見ろ、この鳥肌ぁ!) 男が入口付近のスイッチを触り、部屋の中が灯りで満たされる。 部屋の中に窓は無い。 (ここ何の部屋だ?) 部屋の中央に丸テーブルが1つ。 それを囲むように椅子が2つ。 「座って」 大翔は男が指した椅子にドカッと腰を下した。 「何か飲み物を・・・・・・」 男がきょろっと周囲を見回す。 まぁ、見回したところで部屋の中には何も無い。 「そんなもんいいから、さっさと用件に入れ・・・・・・よ」 イラッと声を荒げた瞬間、男の手にグラスが2つ現れた。 中には何やら怪しい色の液体が揺れている。 「喉渇いたでしょ?」 そうグラスをテーブルの上に置いた。 (こんなもん飲めんのかよ?) 液体の表面でドプッと気泡が弾けた。 (絶対に飲むなよ、俺) 男が大翔の前に腰を下ろす。 「話なんだけど、単刀直入に言うね?」 男もグラスを口には運ばない。 大翔は目の前の男をギロッと睨み付けた。 「で?」 さっさと話を終わらせ、さっさと部屋を出たい。 こんな場所に、いつまでも2人っきりだなんて耐えられない。 男はテーブルの上に頬杖をついた。 そして・・・・・・ 「永久くんを僕に頂戴?」 男の言葉に、大翔が固まる。 (は?なんだって?) 男の前に座っている大翔を見下ろしながら、大翔が瞬きを繰り返し、今聞いた言葉の意味を・・・・・・ 「は?」 大翔の声で理解した。 別に聞こえなくて聞き返したわけじゃない。 意味が分からなかったわけでもない。 ただ・・・・・・ 「お前何言ってんの?」 呆れた眼差しを男に向ける。 「永久は俺の・・・・・・」 「知ってるよ、そんなこと」 言葉の途中で男に遮られ、大翔はムッと唇を尖らせた。 「だから、こうしてお願いしてるんじゃない?」 男の指がグラスの縁を滑る。 (それがお願いしてる態度か?お願いってのはなぁ・・・・・・土下座だ!お前、土下座しろ!) いや、土下座して頼んだからと言って、聞ける願いと、聞けない願いがあるのは当然のことだが・・・・・・ だいたい、この男は今まで一度だって大翔に話しかけてはこなかったはずだ。 男は大翔が見ている事を確認し、その目の前で永久に声を掛けるのだ。 「そんなの俺が決めることじゃねぇよ」 話は終わりだ。 (くだらねぇ) 永久はモノじゃない。 頂戴、と言われて、はいどうぞと許可出来るわけがない。 「永久に直接告れば?」 いい返事がもらえるかどうかは知らないが。 「告ったよ」 立ち上がった大翔を男が見上げた。 (え?) 目の前の大翔も驚いたように男を見下ろしている。 「そうしたら、俺は大翔のもんだから嫌って、そう言われた」 つまり、振られたわけだ。 (永久・・・・・・お前、もっと他に言い方ねぇの?) そんな場面で人の名前を出すな、と心の中で毒づき、大翔は大きな溜息を吐き出した。 「じゃぁ、そういうことなんだろ?」 今度こそ話は終わりだ、と大翔は男に背を向けた。 「不公平だと思わない?」 大翔に続いて男が立ち上がる。 (何が不公平だって?) 男は手にグラスを持っている。 (なんか嫌な予感) 2人を見下ろしている大翔はグッと胸元を押さえた。 「ねえ、大翔くん」 男はテーブルに残っていたグラスに、持っていたグラスの中身を流し込んだ。 シュワシュワと音を立て、煙が上がる。 大翔はギョッと目を見開いた。 「このままじゃ僕が不利だから」 ガチャリと扉で音がした。 大翔が慌てて扉に飛びつくが、ガチャガチャとノブが音を立てるだけで開かない。 「おい、何する気だ?!」 煙がどんどん部屋の中を満たし、濃くなり・・・・・・ とうとう男の姿が見えなくなった。 2人を見下ろしていた大翔にも、彼らの姿が見えない。 (ヤバイよヤバイよ、なんかヤバイだろコレは!) 男の声が聞こえない。 大翔の声も聞こえてこない。 (おい、俺?) 大翔が咳き込むのが聞こえた。 (なぁ、これ毒の煙じゃねぇだろうなぁ?) それを吸い込んだら・・・・・・ (俺、死なねぇよな?) けれど、更に大翔は苦しそうに咳き込む。 「大丈夫だよ・・・・・・死にはしないから」 久しぶりに男の声が聞こえた。 この煙の中でも平気そうだ。 「うちの大ババ様が精製した薬でね・・・・・・」 ガタンッと椅子が倒れた。 大翔はそこにいるのだろか? (おい俺、大丈夫か?) 目の前の煙を払っても効果はない。 大翔が低く呻き声を上げる。 (おい俺ぇ?) 自分が心配で堪らない。 大翔の、苦しげな声に混じって、男がクスッと笑った。 「心配しないで」 男の声・・・・・・ 「さわ、んっ、なぁ」 大翔の呼吸は荒く、声は掠れている。 (俺、触られたのか?あの男に触られてんのか?) セクハラで訴えてやるか、などと続けようとした時だった。 男は再び笑い・・・・・・ そして・・・・・・ 「大翔くんを灰に・・・・・・君の中から全ての記憶を消して・・・・・・」 その言葉を最後に、プツンッと、テレビの電源を落としたように目の前が真っ暗になった。

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