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第46話
随分前から扉の向こう側で人の気配がする。
(永久も気付いてるはずだけど?)
大翔は抱きついたままの永久の背中に手を回していた。
さっきまで、ベッドの端に並んで座って話していたのに、なぜか突然抱きついてきた。
「永久?」
一体どうしたというのだろう?
「ん?」
大翔の首筋に顔を埋めているものの、血を吸うわけでもない。
ただ、永久の息が掛かってくすぐったい。
「どうしたんだよ?」
永久の背中をぽんぽんと優しく叩く。
「ん~」
永久は扉側に背を向けている。
「廊下の奴等には負けられねぇかなぁっと思って」
ぼそっと呟いて永久は顔を上げた。
「廊下?」
少しだけ開いている扉の向こうにいるのは・・・・・・
「いいから、いいから」
永久はニッと笑みを浮かべ、大翔をベッドに押し倒した。
「ちょっ?」
ベッドに押さえつけ、大翔の上に馬乗りになった。
「永久?」
何がしたいんだと混乱気味の大翔は永久を見上げた。
「あいつらに負けられねぇ」
静かに闘志を燃やした永久が再び大翔の首筋に顔を埋める。
「おっ、おいっ、永久?」
大翔の声が裏返り、足をバタつかせた。
同時に・・・・・・
バタンッ!
「ちょっと永久くんっ!それ以上は許せないわっ!」
飛び込んできた真琴に、永久は小さく舌打ちをした。
それは聞こえていないと思っていたのだが・・・・・・
「何?今の舌打ちは何?」
真琴は永久を指差しながら突き進んでくる。
「おい永久?ちょっ、退けよ!」
永久が上に乗ったままで起き上がれない大翔は、もぞもぞと身体を動かす。
「え~っ?」
永久は不満の声を上げた。
「え~っじゃねぇんだよ、退け」
ギロッと永久を睨み付けた。
「そうよっ!水島ちゃん!やっちゃって!」
真琴は大きく頷き、片手を腰に当て、未だ廊下で呆然と立ち尽くしていた水島に命令する。
ビシッと永久を指差した。
「え?やっちゃってって?」
水島は頬を引き攣らせ、永久を一瞥し、すぐに目を逸らした。
渋々大翔の上から降りた永久は、不貞腐れた表情でベッドの端に腰を下した。
「ちょっと永久くんを自由にさせすぎたわ」
真琴は栗色の髪をパサッと払い、永久の前までヒールの踵を高らかに鳴らしながら近づいていく。
「このままじゃ、お兄ちゃんの貞操の危機だわっ」
「は?」
弟の言葉に大翔はギョッとして起き上がった。
「おまっ、何言ってっ!」
「大丈夫よ、お兄ちゃん!今水島ちゃんがお仕置きしてくれるわ」
ねっ、と真琴が振り返る。
「え?僕ぅ?」
名前を呼ばれて、水島は慌てて部屋に飛び込んできた。
「永久くん、ごめんねぇ」
水島はそのままの勢いで、永久に向かって踵落としを仕掛けた。
「どわっ!あっぶねぇなぁ」
ギリギリで避けた永久はベッドを飛び降り、水島との間合いを取った。
「お前今本気だったろぉ!」
(マジでちょっと焦ったぁ)
今の攻撃で自分がビビったと思われたくないので、何でもないふうを装いながら壁に手を当てた。
大きく深呼吸。
「2撃目行くよ」
まだドキドキが納まらないうちに、もう一度水島が蹴りを繰り出してきた。
それらを全て紙一重で交わしながら、部屋の中を移動する。
「ちょっ、おい、水島、待てって」
上段、回し蹴り、足払い・・・・・・
水島は本来の目的を忘れて楽しんでいるようにも見えた。
「水島ちゃん、カッコいいわ」
真琴からエールが飛ぶ。
「トッ、永久」
大翔は心配そうに永久の動きを追っている。
(押されてんじゃん、永久)
水島の攻撃を防いでばかりで永久が反撃しない。
「よしっ!真琴も加勢しちゃおっ!」
いつの間にか隣に座っていた真琴がボソッと呟く。
「は?」
今なんて言ったのかと弟に視線を向けたのだが、そこに彼の姿は無かった。
「真琴?」
弟の姿を探して振り返った時・・・・・・
「ぐっ」
永久の短い唸り声を聞いた。
「え?」
大翔の目の前に広がる光景。
「永久?」
その場から動けなくなった。
永久の目の前では水島も硬直している。
「大人しくしましょうね、永久、くん?」
真琴の艶やかな唇が笑みを浮かべる。
「・・・・・・っ、真琴・・・・・・」
痛みに歯を食い縛り、その唇の端から一筋の血が顎を伝って床を濡らした。
口の中に鉄の味が広がる。
「何、すんっ」
永久の背中に飛びついた真琴の腕が、永久の身体を貫いていた。
「・・・・・・そういうことだったのね」
永久の胸元から突き出た真琴の手は真っ赤な血に染まっている。
「今分かったわ」
真琴の瞳が怪しい光を放った。
「真琴?」
兄に名前を呼ばれて、彼はゆっくり振り返る。
「お前、何してっ」
「お兄ちゃんをどれだけ灰にしても現れなかった血の十字架」
ずぼっと真琴の腕が引き抜かれ、永久の膝が折れた。
「トワッ!」
大翔はベッドから腰を浮かせ、水島は慌てて永久を支えた。
「永久くんの中にあったのね」
べったり血に濡れた手に握られている、真っ赤な十字架。
滴り落ちる血が床を濡らす。
(・・・・・・十字架?)
永久の呼吸が浅く、速くなっていく。
(俺の・・・・・・中に、なんで?)
チカチカと星が飛んでいた視界もだんだん霞んできた。
「永久ッ!」
水島の腕の中で、小さな痙攣を始めた永久を抱き寄せる。
(大翔・・・・・・泣くな、よ)
自分が大翔の腕に抱かれているのは、なんとなく分かった。
「永久」
頬を伝う涙を拭ってやれないが、もう腕を上げられない。
(動けねぇ)
視界が白く染まっていく。
(・・・・・・泣かなくていいから、大翔・・・・・・すぐに復活すっから)
もう声が聞こえない。
(くそっ・・・・・・真琴、後で覚えてろぉ)
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