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第47話

「永久?」 腕の中に抱いている永久がピクリとも動かない。 相変わらず冷たい永久の手を取り上げて、自分の頬に当てる。 「おい、永久?」 呼吸は完全に止まっている。 瞼は固く閉じられたまま。 「トワッ!」 ドクンッと大きく心臓が跳ねた。 反射的に胸を押さえる。 (嫌だ・・・・・・永久・・・・・・) きゅっと下唇を噛んだ。 (吸血鬼は不死身だ・・・・・・すぐに復活する) 分かっている。 ただ、復活する時間には個人差があるだけ・・・・・・ (大丈夫・・・・・・永久は、大丈夫) 握り締めた拳が震える。 (永久は俺を1人にしないって言った) 大きく深呼吸を1つ・・・・・・ (大丈夫だ、大丈夫) 握っていた永久の手の甲に唇を押し当てて、きっと前を見据えた。 (永久は俺に嘘をつかない) ポタッ・・・・・・ 弟の腕を伝って床に滴り落ちた血に反応し、大翔が振り返る。 兄と目が合った弟は、その表情に息を飲んだ。 「真琴、それ返せ」 大翔の視線は真琴が握っている血の十字架に向けられている。 まるで、ソレ自体から流れ出ているかのように、真琴の腕を真っ赤な血が伝い落ち続けていた。 「ダメよ、お兄ちゃん・・・・・・コレは壊すんだもん」 真琴は十字架を背後に隠した。 「返せ・・・・・・ソレは永久に戻す」 大翔の腕がすっと伸ばされた。 (お兄ちゃんの目が・・・・・・赤く・・・・・・) 兄の視線は鋭く真琴に突き刺さる。 真琴は呼吸するのも忘れて、背後に隠している十字架を握る手に力を加えた。 「嫌」 「真琴、兄ちゃんは怒るぞ」 間髪置かず返されて、真琴はぐっと1歩下がった。 「ソレは永久に戻す」 大翔は永久をそっと床に寝かせ、真琴に向かって腕を伸ばしたまま立ち上がった。 永久に血の十字架を戻すとはどういう意味なのか聞く前に、大翔の手が真琴の背後に伸びた。 兄の肩越しに、永久が灰になっていくのが見える。 「お兄ちゃん?」 真琴から十字架を取り上げ、大翔が振り返る頃には、永久は完全に灰化していた。 そのまま、真琴には声を掛けず、大翔は永久の灰の山の側に膝をついた。 離れた場所の灰を掻き集め、一つの山にする。 「永久」 その山の中央に十字架を寝かせた。 「真琴」 振り返らない大翔に呼ばれ、真琴は素直にその隣に近づいて膝をついた。 「俺今血が足りてないから」 大翔の手が真琴の首筋に伸びる。 「え?」 少し開いた大翔の唇の隙間から見慣れたモノが見える。 「お兄ちゃん、牙が・・・・・・」 指摘しようとした真琴の首筋に大翔が顔を埋める。 大翔の手に手を掛けた瞬間、ズキッと首に痛みが走った。 「真琴ちゃん」 それまで全く存在感を消していた水島が、慌てて部屋の入口から駆け寄ってくる。 それを真琴の手が制した。 (お兄ちゃんが、真琴の血を・・・・・・) こくっ、こくっと大翔の喉は上下している。 (血がちゃんと飲めてる) 嬉しくなった真琴の表情は綻び、兄の後頭部に手を添えた。 「真琴、俺の手首切って」 大翔の唇の端から、一筋の血が滴り、顎を伝って床に落ちた。 ちらっと弟と視線を交わし、真琴の目の前に片手を上げる。 (どうして?) 言葉を発する事は出来なかった。 けれど拒否する事が出来ず、大翔の後頭部を抑えていた真琴の手がゆっくり下ろされ、兄の手首に触れた。 「早く」 急かされて、真琴の親指の爪が鋭く尖って伸びた。 ザシュッと大翔の手首に爪が食い込む。 瞬間、大翔の表情が歪んだ。 血が流れ出した自分の手首を確認し、再び真琴の首筋に牙を立てる。 大翔の腕は、永久の灰の腕に翳された。 自ら血を流す十字架の上に、ボタボタと大翔の血が落ちる。 (・・・・・・お兄ちゃん、何をする気なの?) 永久を甦らせようとしているのは何となく解るけれど、兄が行っている方法を真琴は知らない。 兄の力を封じるために、破滅の魔女と呼ばれた祖母が全ての魔力を注いだ血の十字架。 (それに・・・・・・血の十字架から、お祖母ちゃんの力を感じない) 真琴の体から力が抜けていく。 (血の十字架は、持つ者に力を与えると言う) ぼんやり、そんなことを思いながら目を閉じる。 (お兄ちゃんは、血の十字架を自由に扱えた?) だらんっと真琴の手が落ちた。 (永久くんに血の十字架を渡した・・・・・・のは、どうして?) 水島が名を呼ぶ声が遠い。 (・・・・・・お兄ちゃん) 漸く大翔が顔を上げた。 もう兄の顔が霞んで、はっきり見えない。 「真琴、少し眠れ・・・・・・水島」 兄の声だけちゃんと聞こえ、真琴は素直に眠りについた。 口元を手の甲で拭い、腕の中でぐったりと眠る弟を水島に預けた。 「俺の部屋に連れてってやって」 水島の腕に渡った真琴の髪を梳き、大翔はフッと笑みを浮かべた。 「真琴を頼むな、水島」 視線をくれた大翔の両目が赤く光り輝いている。 「う、うん・・・・・・大翔くんは、どうするの?」 拭いきれていない真琴の血が大翔の顎にある。 無意識に顔を近づけ、水島はその血をぺロッと舐め取ったが、大翔はその行為を咎めなかった。 「永久が目を覚ました時、側にいてやらないといけないから」 再び大翔と視線を合わせたとき、大翔の目はもう赤く光ってはいなかった。 唇の隙間から覗いていた牙も無くなっている。 水島の目は不思議そうに大翔の目を覗き込む。 「心配掛けて悪ぃな・・・・・・でも、まだ安定してねぇんだ」 未だ血の流れ出ている自分の手首に唇を寄せた。 ぺロッと傷口に舌を這わせる。 「血、止まんねぇ」 ボタボタと血は落ちる。 「え?どっ、どうしよう?僕じゃ無理だし・・・・・・えっとぉ」 腕の中の真琴は眠っているし、永久もまだ復活しない。 「ねぇ、俺のこと忘れてなぁい?」 ちょっと前から現れた気配は、廊下から部屋の中の様子を伺っていた。 何度も声を掛けようと思ったみたいだが、タイミングを掴めず、そして漸く・・・・・・ 「瞬」 おいでと大翔が手招く。 屋敷の回りを護るように取り囲む、永久の父ジャックの知り合いであるダンピール達に食事を配り終えた瞬が戻って来て、一番最初に目撃したのは、大翔が真琴の首筋に顔を埋めているところだった。 (大翔くん、元に戻ったのかと思ったのに) 今の大翔に牙はない。 真琴を抱いた水島と入れ替わりに瞬は部屋に足を踏み入れた。 「大翔くん、血勿体無い」 伸ばされている大翔の腕を取り、傷口に口付けた。 そのまま傷口をぱくっと銜え、べろんっと舐めた。 「瞬、もういい」 1舐めで傷口がきれいに塞がった。 「え~?もうちょっとぉ・・・・・・」 名残惜しいと大翔の手首に吸い付いたまま抗議したのだが、ちらっと見上げた大翔の目がものすごく冷たくて・・・・・・ 「・・・・・・はい」 そっと大翔の腕を解放した。 「ありがとな」 その手で瞬の髪をくしゃくしゃと掻き回す。 「うん」 瞬の背後に現れた尻尾が千切れんばかりに振られ、大翔は笑みを零した。 「んじゃぁ、ここはいいから部屋から出てろ」

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