49 / 92

第49話

「くすぐってぇよ、馬鹿」 遠くで聞こえた声に引っ張られて意識が浮上する。 (なんだ?) 視界に飛び込んできたのは見慣れた天井。 永久は腕を持ち上げて額に手を当て、ゆっくり息を吐いた。 (俺どうしたんだっけ?) なぜ寝ているのだろうかと、腕に力を入れて起き上がろうとしたのだが、力が入らない。 (頭が重い・・・・・・身体、だりぃ) 何度か瞬きを繰り返して、くしゃっと髪を掴む。 (血が足りねぇ) 「んなとこ舐めんな」 くすくす笑う声・・・・・・? 「は?」 気だるげに動かした顔の先に見えた光景、永久は思わず声を上げた。 少し離れた位置にあるソファの上で、獣化した弟が・・・・・・抱きついている。 結構大きな声が出たと思うのに、2人はこちらに気付いていないようだ。 (大翔?) 腰くらいまであろう髪、白いシャツを羽織っただけの大翔は、瞬の毛皮を気持ち良さそうに抱いている。 「もふもふぅ」 ぎゅっと抱きついている。 (おいコラ、大翔?) さっきは出せた声がなぜか出せない。 永久はパクパクと口を動かしながら、だるい身体を必死に動かして・・・・・・ 「うあっ!」 ドサッ! ベッドから落ちた。 「え?永久?」 漸く大翔が気付いてくれたようだ。 「兄ちゃん、何やってんの?」 瞬は大翔の腰に抱きついたまま、呆れた眼差しを兄に向けてくる。 (何やってって・・・・・・こっちが聞きてぇよ) 怒りで頬の筋肉がぴくぴくと引き攣る。 (てめぇ、いつまで大翔に抱きついてんだ) 今にも力が抜けそうになる腕に叱咤しながら、なんとか上体を起こした。 「兄ちゃん、そんな凶悪な視線を向けないで」 漸く兄の心の中を察したのか、瞬がゆっくり、名残惜しそうに大翔から離れた。 ベッドから落ちて床に座ったままの兄に近づき、その腕を掴んで担ぎ上げる。 「永久、無理すんな・・・・・・お前復活したばっかなんだから」 長髪を靡かせながら近づいてきた大翔を見上げる。 「随分懐かしい格好してんじゃねぇの?」 腕を伸ばして、その頬に触れたいけれど、思った以上に腕が上がらなかった。 その手を大翔の手が包み込み、自分の頬に持っていく。 「目が覚めたら永久に切ってもらおうと思って、そのままにしておいた」 力が入らない永久の腕を操って、大翔の髪を1束握らせる。 「今の俺に切らせるのか?」 ハサミもまともに握れない状態の永久に? ニッと唇の端を吊り上げ、大翔の目を覗き込むが・・・・・・ 「体力が元に戻ってからに決まってんだろうが」 すっと真面目な表情で大翔が永久の手を離した。 「なぁ・・・・・・俺さぁ、真琴に殺されちゃった気がするんだけど?」 くるっと背中を向けた大翔の肩がぴくっと反応した。 「痛かったなぁ・・・・・・お前の弟、容赦ねぇなぁ」 棒読み。 「俺も瞬みてぇに癒され・・・・・・」 視界が覆われた。 ぎゅっと頭を抱き寄せられて・・・・・・ 「顔が見えませんよ、大翔さん」 腕が動かせなくて目の前の腰を抱けないのが残念だが、永久は笑みを浮かべた。 恐らく今の大翔は涙目で、真っ赤になっているんだろうと予想しつつ・・・・・・ (瞬、空気読め) ちらっと視界に入った弟をギロッと睨み付けた。 いつもなら、この程度で瞬は部屋を出て行くのに・・・・・・ 永久と目が合って、びくっと震え上がったものの、その場を動かない。 更に・・・・・・ 「大翔くん、兄ちゃん休ませなきゃ・・・・・・ね?」 永久の頭を抱いたままの大翔の身体に触れ、兄からその身体を遠ざけた。 「あ、そうだな・・・・・・まだ体力戻ってねぇし、まだ寝てた方がいい」 大翔と永久の間に身体を滑り込ませ、永久の身体をベッドに横たえる。 (おい、ちょっと待て、瞬?) 永久が何かを言う前に、大翔の背中に手を当てて扉へと誘う。 「なんなら、俺が髪切ってあげようか?」 ちゅっと大翔の髪にキスまで落として。 「お前切れんの?」 「俺器用だもん」 一度も振り返らず、2人は部屋を出て・・・・・・ パタンッと扉が閉まった。 (ええええぇぇぇぇ?) 何がどうなってこうなったのか、少々パニック中の永久はベッドの上で起き上がれず、ただ閉まった扉を見詰めた。 とりあえず寝返りを打って、ぽかんと口を開いたまま、開かない扉を見詰める。 「大翔が・・・・・・瞬に盗られた」 ぽそっと呟く。 「はぁ?てめっ、瞬!」 漸く状況を把握し、持てる力を振り絞って叫んだ。 「瞬!」 枕に額を押し付ける。 「大翔を返せぇ!」 永久の身体を赤黒い靄が取り囲む。 「瞬!」 窓ガラスがビリビリと震え、備え付けの家具がガタガタと音を立てる。 「ヒロッ!」 「うるさい」 ぱこんっと情けない音を立てて、後頭部に衝撃を受けた。 「俺ここにいるから」 衝撃を受けた後頭部が撫でられる。 「大翔?」 その手が誰のものなのか、顔を上げなくても声で分かる。 「ん」 ベッドが軋む。 「側にいるから寝なさいよ、永久さん」 大翔の手が永久の髪を梳く。 「俺らは運命共同体だって、お前が昔俺に言ったんだぞ?」 言った覚えは・・・・・・ある。 ただ、それがいつだったかは思い出せないけれど。 「だから、俺は永久と一緒にいるよ」 身体を動かし、永久が顔を上げる。 「お前・・・・・・記憶が・・・・・・」 永久の唇に大翔の人差し指が触れた。 「解るよ・・・・・・俺に何が起こったのかとか、永久に・・・・・・永久達にいろいろ心配掛けちゃったことも、全部解る」 五十年前、突然姿を消した大翔。 彼に何が起こったのか・・・・・・ 「今、久遠が実家に帰ってるんだってな?」 大翔の手が再び永久の髪を梳き始める。 「は?」 今久遠の事はどうでもいいと言おうとしたのだが・・・・・・ 「あいつに姉ちゃんいたの知ってる?」 久遠に姉がいるというのは初耳だった。 「双子みたいにそっくりで、しゃべり方もそっくりらしい」 大翔は永久の隣に寝そべって視線の高さを合わせた。 「いや・・・・・・ほんっと、そっくりだった」 もそもそと動きながら、永久の首に抱きつく。 「大翔?」 この体勢は苦しい。 「俺、あいつに殺されたんだ」 耳元で囁かれ、硬直した。 「・・・・・・今、なんて?」 誰に? 何をされたと? 「罠に落ちたっていうか・・・・・・思い出しただけでも腹立たしい」 永久の首に回している腕に力が入る。 (・・・・・・大翔、ちょっと苦しいです) 力を緩めてくれと念じる。 「あ、ごめん」 久遠の一族に伝わる薬を焚かれ、その煙を吸い込んだ大翔は全てを忘れさせられて灰になった。 「そりゃぁ、俺だってタダで殺されるわけにはいかないから・・・・・・ちゃんと反撃はしておいたけど・・・・・・」 薬の副作用で、復活した時は赤ん坊の姿になっていた。 「大翔、反撃って?」 やられっぱなしはムカつくから。 「そりゃ・・・・・・2度と復活出来ねぇように・・・・・・」 ごそごそと大翔が身動きをしたかと思うと、永久の目の前に一冊の分厚い本が現れた。 「あ、これ、俺の魔道書」 大翔がそれをパラパラ捲る。 「魔道・・・・・・書?」 永久が大翔の手元を覗き込んだ。 「灰も残らない、完全消滅の呪い?」 大翔の指先を読み上げた。 (完全消滅ですと?) 大翔は得意げに笑みを浮かべている。 「永久は俺ので、俺は永久ので・・・・・・だから、まぁ、自業自得ってやつだな」 うんっと納得顔で頷いて魔道書を閉じた。

ともだちにシェアしよう!