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第52話

「久遠さん・・・・・・永久くんが瞬に加担したよ?」 水島は物陰からそっと玄関の様子を伺っていた。 そんな彼の背後では、深々とソファに身体を沈めた久遠が雑誌に目を落としながら、小さな溜息をついた。 「僕達は係わらない方がいいから・・・・・・だいたい、大翔くんにバレないわけないんだから、絶対に」 永久と瞬がタッグを組んだところで勝てるわけが無い。 「あの人は破滅の魔女の孫なんだから」 二人は無言で頷きあってそれぞれの作業を再開した。 とりあえず黒いゴミ袋を取ってこようとやって来た永久は、キッチンへの通り道であるこの部屋にいた二人の存在に漸く気付き、ギョッと目を見開いたものの、ワザとらしく口笛を吹きながら目的のものをキッチンから取ってくるとそのまま玄関へ戻って行った。 完全に無視を決め込んだ久遠に対し、水島はこっそり永久の行動を目で追っていた。 いつもの永久なら水島の視線に気付いただろうが、今はそれどころではないらしい。 「・・・・・・大丈夫かなぁ?」 ぼそりと呟いた水島の声は、しっかりと久遠の耳に届いた。 瞬は親の次に久遠と水島に助けを求めた。 一目見ただけで再起不能だと分かったが、万一と言う事もある。 なんとか見た目だけでもと思って砕けた欠片を拾って瞬間接着剤で繋げてみたものの、破壊されたものが散らばりすぎで、すべて回収しきれていなかった。 ご丁寧に掃除機を掛けたのが仇になったようだ。 さすがに紙パックの中身をぶちまけて探す気はないらしい。 コードの差込口も変形しているし、キーボードのキーは幾つかは沈んだまま。 (ただ落としただけで、どうしてあんな壊れ方をしたのか、それが不思議だよ、僕は) 「素直に謝っちゃえばいいのにね」 (それが出来たら苦労はしないよ、水島くん) 久遠は一度も雑誌から目を上げることはなかった。 その夜は細かい打合せを兼ねて永久と瞬は一緒に風呂へ向かった。 約三十分後。 「よぉく考えたら俺だけが犠牲になる必要ねぇんだよぁ、久遠、水島ぁ?」 いつの間に風呂から上がったのか、永久の髪からはまだ雫が伝い、久遠の肩を濡らした。 背後から圧し掛かられ、ムッとした視線で見上げると、ニッと口角を上げた永久が見下ろしていた。 「お前ら大翔のパソコン修復しようとしたし、大翔の部屋に真琴と瞬が入って行くのを止められなかったわけだから同罪だろ?」 永久の言葉にサッと水島の顔が青ざめる。 「僕達2人は不可抗力だよ。水島くんだってずっと二人を見張ってるわけにはいかないし、僕だって良心で修理してあげようと思ったんだけど残念ながら力不足で直してあげられなかった」 ぺしぺしと肩に乗せられた永久の手を叩く。 「でも大翔には言わないでおいてくれるんだろ?」 「言って良いの?」 (久遠さん強い・・・・・・がんばれ、久遠さん!) 水島は心の中で久遠にエールを送る。 「僕と水島くんを巻き込む気?」 どう考えても悪いのは瞬と真琴。 一緒に遊んでいたと言う真琴はジャックが連れて行ってしまったから、今なら犠牲になるのは瞬だけ。 「考え直したら?今ならまだ間に合うんじゃない?」 甘やかすのは教育上良くない。 (そうだよな、久遠の言う通り・・・・・・ここは心を鬼にして・・・・・・) 永久の頭の中で天秤が浮かび、片方にはニコニコ笑う瞬が・・・・・・そしてもう片方にはニッコリ笑う大翔の顔が浮かんだ。 ただ、そんな大翔の背中には大きく広げられた黒い翼が見えた。 この天秤・・・・・・やっぱり傾いたのは・・・・・・ 「瞬、俺やっぱり・・・・・・」 「兄ちゃん、僕を見捨てるの?弟が可愛くないの?鬼を取るの?そうだよね、鬼は怖いもんね?そうだよね・・・・・・僕が鬼の餌食になれば皆は助かるんだよね?」 正しいのは久遠なのに。 (鬼って?大翔のことか?大翔の事を鬼って言ったのか?) そんなにウルウルと、捨てられた子犬のような眼差しで見詰められたりなんかしたら・・・・・・ (餌食って?) この愛らしいお子ちゃまワンコを・・・・・・鬼のように目を吊り上げる大翔に差し出すような真似・・・・・・ 「俺には出来ねぇ!!」 「お兄ちゃん!!」 ガシィッとお互いを強く抱き締める兄弟に向かって呆れた眼差しを向ける久遠と水島。 「・・・・・・・・・ここに大翔くんがいたら、永久くんも血迷うことなく瞬を差し出しただろうね」 「でもまぁ、そろそろ大翔くんも帰ってくるんじゃないかな?」 部屋の掛け時計を見上げて久遠がボソリと呟いた。 このままでは、彼らと大翔が玄関先でばったり、事の一部始終が全てバレる。 「兄ちゃん!」 「大丈夫だ、瞬・・・・・・さっき風呂場でリハーサルしたろ?」 (リハーサルって・・・・・・風呂場でそんなことしてたの、あんた達) 久遠の冷ややかな視線にも気付かず、永久は瞬を励ます。 「いざとなったら、俺が何とかしてやっから!!」 「頼りになるぜ、お兄ちゃん!!」 (絶対になんとかならないよ・・・・・・合掌) 久遠は壁に掛かった時計で時間を確認し、溜息を漏らした。 (瞬ったら、素直に謝ればいいのに) 瞬が家出をすると言って出て行ってから十分も経っていない。 (巻き込んだ兄を信用していない弟) そもそも瞬が大翔に対し、素直に謝れないのには理由がある。 それは、瞬がまだ小っちゃい子犬・・・・・・・・いや、仔狼の頃。 その時も、今回と同じような出来事が起こった。 大翔が大切にしていた城の模型を粉々に破壊してしまったのだ。 その年の誕生日、永久にプレゼントされて大切に、丁寧に作り上げた次の日のこと。 ただ一部分のパーツが壊れただけというのではなく、全てが粉々に・・・・・・見るも無惨な姿にしてしまったのだ。 瞬は大泣きで大翔に謝った。 素直に悪い事をしたと反省したのだ。 そして、大翔は笑った。 怒るのではなく、綺麗な笑顔を作ったのだ。 知らない人間がその光景を目の当たりにしたら、きっと大翔をなんて優しい、心の広い兄なのだろうと言っただろう。 まさに兄弟愛と言った感じで。 ニッコリと微笑を浮かべて、瞬の頭に手を乗せる。 「瞬?」 大翔はゆっくりと膝を折って、瞬と目線の高さを合わせ・・・・・・言い放った。 「泣けば全て許されると思うなよ?」 その後の事は瞬の記憶には残っていない。 あまりのショックに、その日から三日間、瞬の記憶は吹っ飛んでいた。 久遠達もその間瞬が何処にいたのかさえ知らされていない。 「そうだ!大翔の携帯に連絡入れて、いつ帰ってくるか聞きゃいいじゃん!まだセッティングに時間が掛かるし。んで、早そうなら、もっと何処かで時間潰して来いとか、俺が何処かに連れ出して・・・・・・その間に久遠たちが」 一緒に謝ってやると言った永久を残し、瞬は家出中・・・・・・ 今大翔が帰ってきたら、永久一人が全ての罪を背負う事になるのか? 「俺、帰ってきたら何か不味いことでもあった?」 「そりゃぁ、お前・・・・・・いろいろマズイ・・・・・・」 振り向いた永久の動きが固まる。 「あ、大翔くん、おかえり・・・・・・って、瞬?」 「ただいま・・・・・・何だよ、永久、瞬・・・・・・二人して何固まってるんだ?俺の顔に何かついてる?」 リビングの入口に立っていた大翔は、不思議そうに二人を交互に見詰めた。 (変な奴ら・・・・・・っつうか、なんで瞬は俺より後から入って来たんだ?ってか、その手の大荷物はなんだ?) 「なぁ、久遠、この間お前がインストールしてくれたソフトのバージョンアップ版がさぁ・・・・・・」 「久遠がインストール?!」 突然大声を上げた永久に大翔の視線が再び戻る。 「なんだよ、永久?」 「俺そんなの聞いてねぇぞ?」 「自分のパソコンに入れるソフト、いちいち永久に許可を取る必要があんのか?」 うるさいなぁ、とリビングに入ってきて大翔はソファーにカバンを投げた。 ギロッときつい眼差しを永久に突き刺して、久遠に向き直る。 「ダウンロードしてきたからさ、ディスク・・・・・・それに入ってる。俺の後お前のパソコンにも入れておけよ?」 「え・・・・・・うん、そうだね、ありがとう・・・・・・ところで大翔くん、夕飯は?」 「まだ食ってねぇ・・・・・・腹減ったぁ・・・・・・って、あれ?真琴は?」 きょろきょろと部屋の中を見回し、キッチンへ向かう。 「親父とオーストラリアに・・・・・・って、そうだ!!大翔!!」 永久は慌てて大翔の後を追った。 「夕飯、俺と一緒に外で食わねぇ?」 「・・・・・・永久のおごり?」 「もちろん!!俺がおごってやるよ!何が食べたい?」 ニッコリと笑う永久に訝しげな視線を向けて、大翔が近づいてくる。 「・・・・・・着替えてくる」 そのまま永久の隣を通り、自室へ向かった。 大翔がいなくなると、どっと溜息を吐き出して、永久はその場にしゃがみ込んだ。 「・・・・・・兄ちゃん」 「俺が時間を稼いでやるから、その間に何とかしておけよ?」

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