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第53話
「で?」
「で、って?」
隣を歩く大翔の足が止まった。
振り返ると、じーっと見詰めてくる大きな瞳に思わず全てをぶちまけてしまいたくなったが、瞬のためだと何とか堪える。
「俺に隠してることがあんだろ?」
(そういう勘は良いよなぁ)
「ね、ねぇよ・・・・・・たまにはさぁ、二人っきりで食事なんてどうかなぁって思って」
はははっと笑うが、明らかに無理をしているのがバレバレで。
「瞬がまた何かしたわけ?」
いきなり確信をつかれて心臓が跳ね上がる。
「な、なんで俺が、し、瞬のために大翔をメシに誘うんだよ?!」
(しかも、またって!あんの前科モノめ!!)
「瞬の、永久を見る目がものすっごく心配そうな、不安げな感じで・・・・・・久遠と水島もなんか様子が変だった」
(さすがよく見てるなぁ、お前)
「あ、あのな、大翔・・・・・・実は・・・・・・」
久遠はジャックの書斎に入って行ったっきり静かなもので、水島は一人リビングのソファに座って、ぼんやりと天井を見詰めていた。
その直後。
ガチャッと乱暴な音と共に玄関の扉が開き、
「やっべぇ、忘れ物しちゃったぁ!!!」
こいつぁ、うっかりだなぁって叫びながら瞬が前を通過し、キッチンに入って行った。
「瞬・・・・・・また何取りに来たの?」
瞬は再び逃走を図っていた。
「明日のおやつ!!」
冷蔵庫を開けて中を物色する瞬の背後に立つ。
「逃げ切れると思ってるの?」
「逃げなきゃ殺される」
ゼリーやらプリンやらを取り出して振り返る。
瞬間、ゾクッと悪寒が走って、瞬は水島の腕にしがみ付いた。
「どうした?」
「ちょっと寒気が・・・・・・」
小さな溜息をついて、よしよしと瞬の頭を撫でてやる。
そんなもの、今の瞬には何の気休めにもならないが。
「相手が大翔くんだからね・・・・・・帰ってきたら・・・・・・どうなるだろうねぇ・・・・・・」
二人が帰ってきたら久遠が避難している部屋へ自分も批難しに行こう、そう水島は心に決めた。
「ミズッチは僕のこと守ってくれる気はないんでしょ?」
「悪いのは瞬なんだから、ちゃんと謝らないといけないよ」
(ってか、君は永久くん見捨てて逃げる気満々じゃん)
「ムリ!!急がないと!!」
「何、瞬また帰ってきたの?」
書斎から顔を覗かせた久遠がそう聞く前に瞬は玄関に向かって行く。
「このままじゃ、大翔くんに殺される!!」
たぶん、それは間違いないだろうね、と水島が納得していると、呆れ顔の久遠が書斎から出てきた。
「無駄なことはやめたら?」
大翔はどんな相手でもきっと地の果てまで追いかけて行って・・・・・・想像して瞬は顔面蒼白になった。
「今なら嬲り殺しより、瞬殺・・・・・・きっと苦しまないよ・・・・・・一瞬、一瞬」
いやいや、と大きく頭を左右に振って嫌なイメージを振り払う。
「止めないで、久遠ちゃん!僕はもう決心したんだ!!」
ガチャッと扉を開ける。
「探さないでね!!」
「何処行くんだ?」
地を這うような低い声が聞こえた。
瞬間、よくアニメなんかで見るような、心臓が口から飛び出したような感覚がして、でも悲鳴を上げる事は出来ずに・・・・・・ぐるぐると思考回路は纏まらない。
ドクドクと心臓が大きな鼓動を繰り返す。
まだ瞬は振り向く事が出来ずにいて、目の前の水島と久遠はその場で微動だにしない。
「そんな大荷物を抱えて、これから何処へ行くって?」
再び聞こえた声は、先程より近づいたような気がした。
そして。
「瞬」
ぽん、と肩を叩かれた。
「出掛ける前に、俺に何か言う事はないのか?」
そのまま肩を抱き寄せられて、耳元で囁きかけられる。
「ひ、ひ・・・・・・ろ、とく・・・・・・ん・・・・・・」
恐怖の余り声は震え、掠れ、そして、その場に両膝をついた瞬を冷ややかに見下ろした大翔。
だが、次の行動は瞬の予想とは違っていた。
「ほれ、言ってみ?」
ふわりと優しい笑みを浮かべて、瞬の前にしゃがみ込んだ。
よしよし、と頭を撫でてくれるオプション付で。
「ひ、大翔くん!!」
じわりと目に涙が浮かび、大翔の首に抱きつく。
「大翔くん、ごめんなさい!ごめんなさい!!僕、大翔くんのノートパソコン壊しちゃったんだ!!」
瞬が耳元でそう叫んだ瞬間だけ大翔の眉間に皺が寄ったが、すぐに笑顔が浮かび、ぽんぽん、とあやすように大翔が瞬の背中を軽く叩いてやる。
「そうやって最初から素直に謝ればいいんだよ」
しょうがねぇなぁ、と苦笑する大翔、そして大泣きする瞬を見て、水島も久遠もホッと息を吐いた。
(大人になったねぇ、大翔くん)
想像していたような地獄絵図が描かれる事もなく、これで一安心・・・・・・?
(あれ?)
水島が首を傾げた。
何か忘れているような気がする。
そして、その何かは、隣にいた久遠が先に気付いて大翔達の向こう側、扉の外へと視線が向けられた。
「大翔くん、永久くんは?」
(そうだ!大翔くんと一緒に出掛けたはずの永久くんの姿が何処にもないんだ!!)
「永久?さぁ、知らねぇなぁ」
大翔の口元に浮かんだ笑みを見て、ゾクリと悪寒が走る。
すぐ近くでその笑みを見てしまった瞬は、鼻水を垂らしたまま、硬直してしまった。
(つまり永久くんは・・・・・・瞬の代わりになって)
当分帰ってこないんだね。
(って、何処に行ったの・・・・・・兄ちゃん・・・・・・)
靴の踵を踏んだまま外へ飛び出して周囲を見回しても永久の姿は見当たらない。
「水島ぁ、腹減ったぁ!何か作ってぇ!!」
「え、う、うん・・・・・・」
(・・・・・・永久くん、成仏してね)
その日から三日後、随分とやつれた永久が帰ってきた。
その間、自分が何処にいて何をしていたのか一言も話そうとはしなかった。
彼らも敢えて聞こうとはしなかった。
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