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第54話

桜が咲き誇る季節。 「行って来ます!」 元気いっぱい屋敷から飛び出して行った瞬を見送る。 やっぱり字くらい読めなきゃ不便だよな、ということで、その昔、永久や大翔が通ったアカデミーに通うことになった。 そして、もう一人・・・・・・離れたくない、と大翔に抱きついている真琴も、自称海賊で医者のジャック(本名源三)から、世間の常識を身に着けろということで、瞬と一緒に通うことになった。 真琴が通うなら僕も、と手を挙げた水島が二人のお目付け役として三人でアカデミーへ向かう。 寝癖のついたままの頭を揺らしながら、歯ブラシをくわえたまま見送りに来ていた大翔は、ひらひらと三人に手を振ってリビングに戻って行った。 そのまま天気予報が流れるテレビの前まで歩いていくと、画面の隅に表示されている『今日の運勢』で自分の星座を探す。 「・・・・・・・・・・・・大翔?」 本日はあまり良い順位ではなかったようだ。 無言でその場を離れ、洗面所へと戻って行った。 「大翔?」 洗面所に大翔の姿がない。 「何処行った?」 久しぶりに二人っきりな日だと言うのに。 瞬に邪魔されることもなく、真琴に邪魔されることもなく、二人っきりで・・・・・・ あちこちの部屋を見て回って、漸く探し当てたのだが。 大翔は自室のベッドで横になっていた。 「大翔?どうした?具合でも悪いのか?」 心配して歩み寄り、その額に手を当ててみるが格別熱いわけでもなかった。 薄っすらと開いた瞳が熱で潤んでいるということもない。 「・・・・・・永久、俺、今日占い最悪だった」 「そ、そっか」 ぽんぽんっと大翔の髪を撫でてやる。 「で、俺ら今日は何する?」 「ねぇ、瞬くん」 同じクラスになった女子数人が、登校して来た瞬の周りを取り囲んだ。 「今日、瞬くんちに行ってもいいでしょ?」 「数々の伝説を残されているお二人に会いたいの・・・・・・特に私は永久様」 「ワタシは大翔様・・・・・・あの大きな瞳で睨まれたらゾクゾクと」 (この子、ドM?) 口々に飛び出す名前は兄達のもの。 この手の事は入学式から始まっていた。 瞬は心の中でこっそり溜息をついた。 「でも、何もおもてなし出来ないよ?」 それでも彼女達の気持ちを傷つけないよう、かなり遠まわしな言い方で断ろうと試みた。 「おもてなしなんて私達がするわよ!」 任せて、と一人の女生徒が胸を張った。 (それ、おかしくない?) あくまで顔には人当たりの良い笑みを貼り付けたまま、心の中でツッコミを入れる。 「兄ちゃん達もいるかどうか分からないし・・・・・・」 「いいでしょ?会わせてよ」 「折角瞬くんと同じクラスになれたんだもの」 ぐるりと囲む顔ぶれの中には、今日初めて声を聞いた子もいた。 「ちょっと、瞬くん困ってるじゃないの!」 「そうよ、やめなさいよ!」 そこへ、また別のグループが現れて、瞬は天井を仰ぎ見た。 (君達だって昨日同じような事をしなかったか?) まだ新しい記憶を掘り起して溜息をついた。 「何よ、あんた達」 「関係ないじゃない!」 雲行きが怪しくなってきたこの場から瞬を救い出してくれそうな同級生はまだ登校して来ていない。 瞬を間に挟んで勝手に話は盛り上がっていく。 「・・・・・・そういえば・・・・・・大翔くん、今朝機嫌が悪かったなぁ・・・・・・」 瞬は奥の手とばかりにボソッと呟いた。 それは独り言のように。 だが、確実に彼女達の耳に届くように。 そして、その効果は覿面。 彼女達の動作はぴたりと止まり、お互いの顔を見合わせる。 大翔の機嫌が悪い。 その事が、どんな意味を持っているのか、知らない彼女達ではなかった。 そこに。 「瞬!何やってるのぉ?」 この場の空気を読むことなく、真琴がヒールの靴音を響かせて教室へ入って来た。 「マコちゃんの教室隣でしょ?どうしたの?」 それに答えて、彼女達の間からそっと抜け出す。 ふと、真琴の目がぴっちりと閉められた瞬の首元に止まる。 「ねぇ、水島ちゃん知らない?って言うか、何を真面目に・・・・・・」 くいっと手を伸ばして、そのホックを外すと、そこにはまだ新しい傷跡があった。 「まぁ」 真琴はワザとらしく声を上げ、女子達も皆同じように口元を押さえて瞬の首筋に集中した。 その傷跡の原因は、この場にいた全員に思い当たる事があるようで。 「無理言ってもしょうがないわよね」 「そうよね。ごめんね、瞬くん」 また今度、と次々に瞬の元を離れて行った。 「寝ぼけたお兄ちゃんに噛まれたの?」 瞬の傷の具合を確認して、感心しきりの真琴から首元を隠し、再びぴっちりとホックを閉める。 「起きたてのお兄ちゃんほど危険なものはないわよねぇ」 真琴はブルッと身震いして自分の教室へ向かった。 「あぁ、真琴さん・・・・・丁度良かった。悪いけど、そこの資料、職員室まで運んでおいてくれる?」 教室に入ろうとして担任に呼び止められた。 そこ、と指示された場所に詰まれたプリントの山を見て、真琴は一瞬渋い顔をしたものの、すぐに微笑を浮かべて承知した。 (重っ!あの担任、絶対意地悪で言ったわよね?) 「あれ、真琴ちゃん・・・・・・どうしたの?」 そんな真琴に気付いた同級生が声を掛ける。 上下ジャージ姿で肩にはタオルをかけ、頭から水をかぶってきたらしい彼は、水滴の滴る髪もそのままに真琴へ歩み寄ってきた。 「これ、うちの担任が職員室に運べって」 真琴が指差したものを見て彼は苦笑を浮かべた。 「真琴ちゃんに?」 彼は真琴の腕から書類の山をズシリと受け取る。 「俺が運んでやるよ」 髪から水滴が書類に落ちないよう、真琴が彼のタオルを借りて拭ってやる。 「本当?ありがとう」 真琴はふわりと笑った。

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