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第59話

ハンバーガーショップに駆け込んできた水島は、手元のコーヒーを一気に飲み干して大翔の隣にストンと腰を落とした。 「水島、それ俺の・・・・・・」 だったのに、と永久は空になったカップを受け取った。 「わ、分かったよ・・・・・・瞬だ。瞬は久遠さんと一緒に帰宅してる・・・・・・その時、どうも様子が変だったらしい」 まるで生気のない顔をしていて、久遠に引きずられるようにして連れて行かれた瞬。 「なんで久遠と一緒なんだよ?」 珍しいコンビだ、と永久は思う。 「知らん・・・・・・でも、そこに謎を解くヒントがあるんだろうな」 「謎って・・・・・・大翔名探偵、君の出番かな?」 「それでね」 水島の手が再びコーヒーに伸びたのだが、それは大翔の手によって阻止された。 「この間小テストがあったらしいんだけど・・・・・・今日その答案が返されて・・・・・・」 この店に向かう途中、瞬と同じクラスの男子を見掛けた水島は、今日瞬の回りで何か変わった事が無かったかと尋ねた。 「そうしたら瞬、その答案を握り締めたまま動かなくなっちゃったらしいんだ。で、保健室に運ばれて、久遠さんが迎えに呼ばれてたって」 つまり。 ズズズズズズッと音を立てて大翔はコーヒーを飲み干す。 「返された小テストの結果が、失神するくらい悪かったってことか?」 呆れ顔の大翔は、ハンバーガーからトマトを抜き取って永久のハンバーガーの上に乗せた。 「誰かさんのお仕置きを恐れたんだろうなぁ・・・・・・かわいそっ!痛っ!!」 足を踏まれてハンバーガーを落とす。 「どうするの?瞬、久遠さんを人質にして屋敷に立て篭もってるよ?」 永久の手から離れたハンバーガーをナイスキャッチした水島がソレをそのまま自分の口へ運んだ。 「おい」 「さて・・・・・・じゃぁ、そろそろ」 大翔が再び腕時計に目を落としたのを見て、同じように永久も自分の時計で時間を確認する。 「俺達も行動開始と行こうか」 大翔は携帯を取り出して誰かに繋いだ。 「瞬に伝えてくれ・・・・・・あと十分だけ時間をやるからよく考えろって」 (最初から最後通告しやがった) 自業自得だが、少しだけ弟に同情しかけ・・・・・・永久はポテトに手を伸ばした。 だが、その指には何も触れず空を掴み・・・・・・ 「水島・・・・・・お前、俺の分全部食っちまったな」 「まずいよ、久遠ちゃん、あと十分しかないんだって」 先程窓の外から伝えられた事が頭の中をぐるぐると回っているパニック中の瞬。 「まずいのは瞬だけで、僕は関係ないよ」 リビングのソファの上で、別に拘束されているわけではない久遠は欠伸を噛み殺しながら雑誌に目を落としている。 「一蓮托生でしょ!」 最近覚えて、瞬の中でマイブームになっている言葉、一蓮托生。 「違う・・・・・・だから素直に謝りなって言ってるだろ」 何度も謝れと説得したのだが。 「無理だもん!!あんなの見せたら絶対に打ち首獄門だもん!!切腹だもん!!島流しだもん!!」 時代劇でよく聞くような言葉が並ぶ。 「島流しって・・・・・・大翔くんがそんなことするわけ・・・・・・」 想像してみる。 泣き叫ぶ瞬に、悪魔のような笑みを浮かべた大翔が縄を掛け・・・・・・ 狸に作らせた泥舟に乗せて・・・・・・ 底の見えない、薄汚れた湖の上に浮かべて・・・・・・ 大翔の足が舟の縁を蹴って沖へ流し・・・・・・ 「・・・・・・・・・はははっ、瞬ったら、大翔くんがそんなことするわけないじゃないか」 「なに!!今の間はなに?!」 叫びながらも瞬の手は休むことなく動き続けている。 「ねぇ瞬、その・・・・・・なにかの映画で見た事があるような侵入者撃退計画、絶対やめた方がいいと思うよ」 まぁ、それを思いついたのは、その映画のおかげなんだろうけど。 あれは映画だから上手くいったのであって、現実はそんなに甘くない。 そもそも相手は大翔だ。 「やらないよりはやった方がいいんだよ」 男には、涙を呑んでも成し遂げねばならないことがある・・・・・・ 少々自分に酔っている瞬は振り返りもせずに階段へ走って行き、大量のミニカーを一段ずつびっしりと並べ始めた。 「僕は一応忠告したからね」 「男には!やらなきゃならない時がある!!」 「はいはい。僕は知らないからね」 見よう見まねで屋敷に張り巡らせてある結界を強化し、各入口にはドアが開いた瞬間水鉄砲から墨汁が発射されるような仕掛けを施した。 そして、脱衣所にヌメヌメする液体(何かは分からない)をぶちまけておいた。 天井の紐を引っ張ると小さなスーパーボール、余ったヌメヌメの液体と新聞を細かく千切ったものが入った桶が引っくり返るようになっているし、ラジコン精鋭部隊も充電池の残量はしっかりと確認しておいた。 「完璧だ!」 催涙ガスなどないから永久の部屋からヘアスプレー、ジェル状のもので髪を立て迷彩服に身を包む。 「これなら大翔くんだって、簡単には突破できないはず」 その昔父ジャックからプレゼントされた赤外線スコープと、モデルガンを抱えて司令室に入った。 そんな司令室の周りは、プラモデルの空箱や、漫画雑誌、ペットボトルなどで作られたバリケードで囲まれている。 「大翔くんが予告してきた時間まで、残り43秒・・・・・・」 ゴクッと生唾を飲み込み、静かにその時を待つ。 その頃、階下、リビングでは、久遠が眉間の皺を揉み解しながら盛大な溜息を吐き出した。 「あのあとは誰が掃除するんだろうなぁ」 久遠はもう一度大きく溜息を吐き出した。

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