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第60話
そして時間通り、兄達は帰ってきた。
予告した時間ぴったりに屋敷に張り巡らせてあった結界がバリンと音を立て、粉々に砕けた落ちた。
(来たぁ!!!!)
罠を張り巡らせてある入り口のドアノブも回されて、顔を覗かせたのは・・・・・・水島だった。
「うわっ!!なにこれぇ!!!」
久遠がいる位置からは真っ黒な顔の水島しか見えない。
ということは、別の入り口、つまり玄関側に永久と大翔がいるはず。
「ただいま」
ひょっこりリビングに顔を覗かせたのは永久だった。
「・・・・・・おか・・・・・・・・・・え、り」
その向こう側に不気味な・・・・・・いや、邪悪なオーラが見えた気がして、久遠は一瞬身震いをした。
「久遠一人か?瞬は?」
永久にそう尋ねられ、久遠は引き攣った笑顔で天井を指差した。
「ちょっとぉ、これ墨汁じゃないかぁ!!服べったべたじゃん!!」
「あ、みずし・・・・・・まっ」
久遠が止める前に水島は目の前を通り過ぎ・・・・・・そして。
「うわっ!!いったぁーい!!!なにこれぇ!!!」
瞬が仕掛けたと思われるトラップに、次々引っ掛かる水島へ冷ややかな視線を送り、大翔と永久は階段下へ。
「あんにゃろう」
そこにびっしり並べられたミニカーは・・・・・・
永久がせっせと溜めた缶コーヒーについていたモノ達だった。
「永久、それさっさとどけろ」
「はいはい」
(うわぁ・・・・・・今日はさすがにフォローしてやれねぇぞ・・・・・・)
不機嫌オーラ全開、間もなく魔界の扉が開くであろう大翔に命令された永久は、丁寧にそれらを横へとスライドさせて道を開いた。
そんな視線の端に、これから攻撃を仕掛けてくるのだろうラジコンを見つけたのだが、どれも薄っすらと煙が上がっていて、焦げ臭い匂いも漂ってきた。
「な、なんだ?いきなり煙って・・・・・・俺まだ何もしてねぇのに?」
「いいから行くぞ」
(いきなり壊れた?え?大翔、お前なにかした?)
上の階へ上がっていく永久達の背中を見送り、久遠は脱衣所へ駆けつけた。
「水島、大丈夫か?」
そこには涙目になって床に座り込む水島が、真っ黒な顔で見上げてきた。
「久遠さぁん」
油断大敵、とはこのことだろう。
「へあっ!!!」
いきなり水島に抱きつかれて久遠はヌメヌメな液体に足を取られ、見事に尻餅をついた。
「いったぁい!!!」
更に。
「あぁ!!!ちょっと、水島、墨のついた顔押し付けないでよぉ!!」
瞬は部屋の電気を消し、暗闇の中、枕を抱き締めていた。
(きっと今頃第一関門も第二関門も突破されちゃったに違いない)
そんなことは簡単に予測できること。
問題はこれからだった。
(泣いて反省したと思わせる態度を見せつつ、さり気なく大翔くんに甘える計画をどのタイミングで発動させるかなんだよな)
この時瞬は知らなかった。
先程階段に並べておいたミニカーのことを軽く見過ぎていたことに・・・・・・
そして、ラッピングされたままのミニカーのビニールを全て取り出し、むき出しの状態で並べてしまったことが重大な過失だったということを・・・・・・
後悔する時が刻一刻と迫っている事を。
確かにそれらをコツコツと集め、全種類コンプリートさせたのは永久だ。
だが、それをやってとおねだりしたのは大翔だったということを瞬は知らなかった。
部屋の外で水島の悲鳴が聞こえ、大翔は確実にこの部屋へと近づいている。
先程立てた計画を書き記したノートを開き、最終確認をするために手元の懐中電灯を点けた。
「トラップに引っ掛かるのはミズッチと兄ちゃんの役目で・・・・・・僕は大翔くんとハグ・・・・・・」
(きっとココへ辿り着くまでに何処かで小テストのことを聞いたとしても、御仕置きなんて目的はどこかに行っちゃって・・・・・・いろいろなトラップが仕掛けてある危険地帯から僕を助け出してくれた大翔んが『大丈夫か、瞬!!』って抱き上げてくれて・・・・・・)
頭の中でのシュミレーションは何度繰り返しても完璧ハッピーエンドを迎える。
「よし!!」
ノートを閉じたと同時に、この部屋のドアがノックされた。
コンコン・・・・・・と二回だけ。
「は、はい!!」
緊張で思わず声が裏返ってしまった。
「お前ねぇ・・・・・・どうして立て篭もるのはいつも俺の部屋なわけ?」
予想と違って聞こえてきたのは永久の声だった。
(兄ちゃんが一緒だったら僕の計画が狂うじゃんか!!)
「瞬、おとなしく出て来い」
こちらも予想外の、低~い、それはそれはとてつもなく低~い大翔の声が瞬の心臓を鷲掴みにした。
(あれ・・・・・・なんかイメージと違う)
枕を強く抱き締めてゴクリと生唾を飲み込んだ。
扉は閉じたままなのに、禍々しいオーラを身に纏った大翔が見える・・・・・・気がする。
(なんでぇ?)
「瞬」
また名前を呼ばれ、ビクンと大きく身体が飛び跳ねた。
(やばい!!)
それまで自分の周りを取り囲んでいたプラモデルの箱や漫画雑誌等で形成されていたバリケードを蹴破り、急いで部屋の扉を開けに行く。
「お、おかえりなさい!!」
そして、そのまま二人の間をすり抜けて階下へ逃げようとしたのだが・・・・・・
「コラ待て」
ガシッと永久の手が瞬の首根っこを掴み・・・・・・
瞬はあっけなく御用となった。
「兄ちゃん、見逃してぇ!!」
ジタバタもがくものの、永久の手が外れる事はなく、大翔の前にずいっと出され、ぴんと背筋を伸ばして大翔の前に立った。
「あのなぁ瞬・・・・・・大翔が怒ってる理由、お前の小テストの結果がうんぬんってわけじゃねぇんだ」
ボソッと弟に耳打ちする。
「え?じゃぁ何?僕他に何かしでかした?」
「お前が階段に並べたミニカー・・・・・・あれ、大翔のだから」
「うそっ!!兄ちゃんのじゃないの?!」
「俺のだったらいいのか、お前は!!」
ぽかっと軽く弟の頭を叩き、ぐしゃぐしゃと髪を掻き回す。
「瞬」
再び聞こえた大翔の声は、先程から全くトーンが上がらない。
「どどどど、どうしよう、兄ちゃん」
「知らねぇよ!っつうか、離せ、瞬っ!!」
がっしりと永久にしがみついた瞬は離せない。
「兄ちゃん、僕を見捨てるのぉ!」
「今日は最初からお前の味方じゃない!離せって!」
漸くベリッと瞬を引きはがし、大翔の前に立たせた。
「瞬、覚悟は出来てるな?」
ニッと大翔の口角が吊り上る。
「ご、ごめんなさい!!大翔くんのだって知ってたら僕、あんなことには使わなかったんだけどぉ!!」
「許さないから・・・・・・こっちおいで」
(あれ?)
大翔の様子が少し変化した事をいち早く察知した永久は小さく首を捻る。
大人しく大翔に手を引かれるまま足を動かしながら瞬はビクビクと怯え続けていて、大翔の変化に気付いていない。
「ソレ何?」
大翔がポケットから取り出したものは、なにかのリモコンのようだった。
「これか?これはなぁ・・・・・・こうするのだ」
天井へ向かってリモコンのスイッチを押すと、ガコンッと一箇所壁が外れて地下へと繋がる階段が出現した。
(大翔・・・・・・いつの間にこんな大仕掛けなもんを・・・・・・作ったんだ?)
「で、瞬はその地下室に?」
濡れた髪を拭いていたバスタオルを肩に掛け、水島はソファに腰を下した。
目の前のテーブルには、地下室の図面が広げられており、久遠と永久が覗き込んでいる。
隣に座って小さなモニターを見ている大翔の視線を追って、水島も同じようにモニターを眺めた。
「しばらくココで・・・・・・・・・勉強に専念させる」
大翔が持っていたリモコンによってモニターの映像が切り替わる。
「小テストの結果も悪かったみたいだし・・・・・・まぁ後一時間ほどで家庭教師を投入する予定だから」
大翔はくすくす笑いながらモニターを切り替えていく。
(家庭教師?)
なにやら嫌な予感がして三人は顔を見合わせた。
「だからちゃんと図面を頭の中に叩き込んでおけよ」
ニッコリ笑って大翔が振り向いた。
「って、俺達のことか!!!」
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