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第68話

バイクが止まる。 そこは、何年か前に廃墟となった病院だった。 夏には若者達に人気の肝試しスポットとなっている。 「永久、先に行ってるから」 バイクを停めている永久をその場に残し、建物に駆け寄って行く。 入口には鍵が掛かっていた。 ぐるりと建物を回ると、裏口の扉が開いていた。 中は薄暗い。 入口近くにあったスイッチに手を伸ばしたものの、電気が通っているはずもなく、カチカチと音を立てただけだった。 床には倒れた植物の鉢や、割れたガラスなどが散乱している。 目的地は上の階? ゆっくりと視界を巡らすと、受話器が落ちている公衆電話の奥に階段を見付けた。 どこかから見られているかもしれない。 周囲には十分に注意を払いながら永久も建物に近づいて行った。 大翔と同じ進路をとって裏口に回った。 途中割れた窓ガラスかな内部の様子を伺ったが、そこに大翔の姿はなかった。 先程大翔が入った扉から建物の中に進入する。 直後、バタンと何かが倒れる音が階下に響いた。 「大翔くん!!」 続いて瞬の叫び声。 (上か?!) 転がっていた鉢植えを蹴り、散乱していたガラスの上をバリバリと踏み、階段に駆け寄る。 誇りっぽい手摺を掴んで、階段を一気に二段飛ばしで駆け上がった。 そのままの勢いで角を曲がる。 水島にナイフの切っ先を向ける知らない男の姿が見えて一度身を隠した。 隣に、女の姿がある。 その手には、黒い塊が握られていて、バチバチと音を立てていた。 (スタンガンなんか持ってやがるのかよ) 「大翔くん!!」 再び弟の叫び声。 どうやら大翔はスタンガンの餌食にされたらしい。 「お前、大翔くんに何するんだ!」 瞬が駆け寄り、スタンガンによって気絶させられた大翔を抱き起こす。 「うるさいわね!いきなり飛び込んできたんだから、悪いのはそっちでしょ!」 女教師は大翔が蹴り飛ばしたドアに向かった。 蝶番が見事に折れ曲がってしまっている。 (いったい、どんな脚力してんのよ?) 縛られている椅子をガタガタと揺らしながら、水島が叫ぶ。 「大翔くん!」 「煩いガキも嫌いよ?」 女教師の指示で、先程まで影に潜んでいた男達が続々と現れ、その中の一人がポケットからガムテープを取り出して水島の口に貼り付けた。 (まだこんなにも隠れてたのね) 真琴は小さく息を吐いた。 「大人しくしていろ。じゃないとあの人に傷がつくぞ」 水島の顎を掴んで、面白そうに睨みつけてくる瞳を見詰め返した。 (こいつら、今沈めたのが大翔くんだって気付いてない?) 大翔はちょっとした有名人だ。 そんな大翔の正体を知らない男達は・・・・・・・・・下っ端以下、ただ人数が多いだけ。 双子の弟のピンチに駆けつけた大翔は、間違いなく怒りが沸点に到達していたはず。 殺して灰にするわけでもなく、スタンガンという玩具で気絶させるなどという中途半端な行為は、彼らにとって・・・・・・・・・ 大翔を抱き締めたまま、瞬は床に座り込んでいる。 「さっきは、まんまとアンタのペースに巻き込まれるところだったわ・・・・・・あたしの隙をついて攻撃を仕掛けてくる気だったんでしょ?」 持っていたスタンガンの電源を入れ、先を真琴に向ける。 「奴らを全員縛んなさい」 再び命令して女教師は真琴に向き直った。 「これは復讐なのよ!」 「・・・・・・・・・そんなの知らねぇよ」 ゆらりと真琴の身体を黒いオーラが取り囲む。 ふわりと足元から巻き起こった風が真琴の髪を靡かせた。 「てめぇ・・・・・誰の兄に・・・・・」 「真琴ストップ・・・・・・大翔は大丈夫だから」 ここにはいないはずの第三者の声を聞いて、女教師は慌てて振り返った。 入口に一つの影。 瞬は更に大翔を強く抱き締め、希望に目を輝かせた。 「誰なの?!」 影が近づく。 女教師はズササッと砂埃を上げながら下がり、水島を盾にして影をじっと見詰めた。 「親切な俺達からの忠告だ」 影の中から姿を現したのは、もちろん永久だった。 「んーっ、んんーっ!!」 ガタガタと水島が体を揺らす。 「それ以上近づかないで!こっちには人質がいるのよ!!」 永久の足が止まる。 女教師の手に、男の手から取り上げたナイフが握られていた。 水島を引き摺って一歩壁際に下がる。 「も、元はと言えば、あの子が!!」 「正々堂々と勝負したんだろ?」 「うるさい!うるさいわっ!!」 女教師がヒステリックに叫んだ。 「あたしは大食いクイーンの座をずっと守ってきたのよ!なのにっ!!」 (くっだらねぇ) ピクリと大翔の指先が動いた。 呆然と目の前の光景を見ていた瞬がそれに気付いて視線を下げる。 大翔の目が薄っすらと開いていた。 「大翔くん・・・・・・気がつい・・・・・・」 「今何時?」 大翔の視線は瞬を捉えず、宙を彷徨っていた。 ゆっくりと持ち上げられた手が、瞬の首に回る。 「え?えっと、今は・・・・・・?」 なぜ今時間を聞くのか、なんて疑問に思いつつも瞬は腕時計を覗き込んだ。 直後。 「馬鹿!逃げろ、瞬!!!」 永久の叫び声を聞いた・・・・・・気がする。 この世のモノとは思えない瞬の断末魔のような叫び声が院内に響き渡った。 「あ・・・・・・あ・・・・・・な・・・・・・な・・・・・・」 恐怖に顔を引き攣らせ、女教師の手が震える。 目の前で繰り広げられている惨劇。 「な、なんなのよ!あれはぁ!!!」 漸く声を振り絞り出せた女教師が指差した瞬の、助けを求めて伸ばされた手がぽとりと床に落ちた。 永久がその場で硬直している。 今回のは特に強烈で、毎朝誰かが犠牲になっているのを目撃している真琴や永久、水島でも、思わず目を覆いたくなるほどの光景だった。 (瞬の奴気絶しやがったぁ!!) ゆっくりと大翔が顔を上げる。 (ダメだ!まだ完全に覚醒してねぇ!!) 動いたらダメだ・・・・・・その場にいた全員、本能で悟った。 ぼんやりと視線を彷徨わせ、ぴたりと止まる。 大翔が見詰める先に水島と女教師人がいた。 次のターゲットが決まったようだ。 大翔の腕が二人に向かって伸ばされる。 こーい、こーいと手招かれ、水島は恐怖に顔を引き攣らせた。 ニィと唇の端を吊り上げて大翔が笑う。 (ひいぃぃぃぃぃぃ!!) 縛られたままの水島が暴れ始める。 大翔の餌食にはされたくない。 「んーっ、んんーっ!!」 (大翔くん、起きて!起きてぇ!!) 「ちょっ、ちょっと大人しくしなさいよ!」 片手で掴んでいられなくなった女教師の手から離れ、水島は椅子ごと派手に倒れた。 床に体を打ちつけた痛みより、大翔から逃げる事が先らしい水島は必死にロープから抜け出そうと体を捻る。 「なんなのよ!なんなのよ、あんた達!!!」 女教師は髪を振り乱し、持っていたナイフを振り上げた。 「水島ちゃん!!」 その時、風が動いた。 それは一瞬の出来事で、永久の目の前で鮮やかに展開された。 カシャンと床に転がるナイフ。 倒されてタイルに頬を押し付けられた女教師。 水島を助け起こし、そのロープを解く。 「大丈夫?水島ちゃん?」 口元のガムテープを剥がしてくれたのは、真琴だった。 「真琴ちゃん!」 「ん・・・・・帰ったら、ちょっとは身体鍛えよっか?」 ニッコリと笑顔を見せた真琴が視線を移し、一点で止まる。 「だめだ・・・・・まだお兄ちゃんが起きてない・・・・・・今の状態のお兄ちゃんへ迂闊に近づいちゃダメだわ!」 大翔の手が、逃げ出した男達を次々に捕らえられていく。 ぐちゃっと肉が潰れる音。 骨が砕ける音。 断末魔の悲鳴が院内に響き渡る。 暫くは、ココもまだ肝試しの会場として盛況するだろう。 大量に血を吸われたものの、殺されることはなかった瞬を抱き起し、永久は小さく溜息を吐き出した。 「・・・・・・・・・で、最終的に誰が大翔を起こすんだ?」 「そんなの・・・・・・永久くんに決まってるじゃない」 当然でしょ、と真琴は言う。 全身血まみれの大翔が、大量の血だまりの中に突っ立っている。 ぺろっと手の平の血を舐めて、ゆっくりと視線がこちらに向いた。 もう、この場で動いているのは永久、真琴、水島の三人しかいない。 「ほら、永久くん・・・・・・いえ、もう一人の真琴のお兄ちゃん」 「まっ、真琴?」 「真琴ちゃん?」 ぽんっと真琴が永久の背中を押す。 「お兄ちゃんを正気に戻すのは旦那の勤めよ!」

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