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第70話
ペンギンを見に南極まで行こうと思っていたジャックに、馬鹿じゃないのっと一言真琴が言い放った為、船が進路を変えた。
ジリジリと焼け付く甲板で、真琴の為に忙しく働く水島と、ジャックと、ゆかいな仲間達。
大きなサングラスと、肌を一切露出しない真っ黒なドレスに身を包んだ真琴の手には一冊の女性誌。
開かれたページには・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・ほんと、真琴にそっくりで可愛いわ」
ある晴れた昼下がり・・・・・・・・・
「・・・・・・好きだよ」
カメラに向かってニッコリ微笑む男の腕の中、彼女は艶やかな唇に人差し指を当てた。
言葉はなく、口だけが動いて・・・・・・
恥ずかしそうに俯いて、男の胸に顔を埋めるようにして抱かれながら、彼の着ている白いシャツに唇で触れた。
当然、そこには彼女のキスマークが残されて・・・・・・
「ハイ、カットォォ!!」
スタジオの中に一際大きく響いた声。
途端周囲が慌しく動き始めた。
「セットチェンジがありますので、少しの間、あちらで・・・・・・」
未だ男の腕が腰に回された状態で、彼女はこくりと無言で頷いた。
そのまま、彼のエスコートでスタジオの一角へ移動する。
「お前、あの目はヤバイって」
クスクスと笑いながら、彼が引いてくれた椅子に腰掛ける。
「これでまた世の男共がアリスにゾッコンだぜ?」
(ゾッコン・・・・・・古っ・・・・・・今時言わないだろ、それ)
テーブルに並べられた数種類の飲料水の中からカロリーオフのモノを手にする。
「あの挑発的な目で見られたら、ぞくぞくぅって」
(この人マゾ?)
ズズズズズズズズズズズズゥゥゥゥゥ・・・・・・・・・・・・
ストローで一気に飲み干す。
パコーン!!!!!
「いっ!!!」
背後からの不意打ち。
危うく上げかけた叫び声を飲み込んで、彼女は振り返った。
「女の子なんだから音を立てない!」
案の定、そこには予測していた人物が、女性誌を片手に仁王立ちしていた。
「はぁい、雨竜くん、アリスゥ!撮影は順調みたいね」
ニッコリと笑って彼女の隣に腰掛ける。
「はい。相手がアリスですから、気心知れてますし・・・・・・アリスも俺と絡むの二度目だから・・・・・・って、お前足踏むなよ!」
アリスのピンヒールの踵が雨竜の靴の上に刺さっている。
そして、その目は鋭く彼を射抜いた。
「まぁ、アリスったら、そんなに雨竜くんを威嚇しないの」
アリスの腕をぐいっと引っ張って、その耳に囁く。
「ヒロちゃん、永久が下の事務所に来たって麗子ちゃんから連絡があったわ」
「永久っ!!」
ガタンと椅子が後ろに倒れたが、今は構っていられないと、アリスは彼女の腕を振り払ってスタジオを飛び出そうとして・・・・・・
「待ちなさい」
彼女の力とは到底思えない威力で再び引き戻されてしまった。
「話は最後まで聞きなさいって教わったでしょ?」
「だっ!!」
「私が呼んだのよ」
(なんで?)
この仕事、以前出演していた特撮ドラマに携わっていたスタッフに声を掛けられ、軽い気持ちで引き受けたものだった。
在籍することになった事務所の女社長が、こちら側の人間・・・・・・
つまり、闇の眷属であり・・・・・・・・・源三パパの知り合いという事で・・・・・・・・・結構無理な事も言われるが、こっちも無茶な事が言える。
当初、アリスとして大翔が彼女の事務所でモデルのバイトをしていることは、永久には絶対内緒にすることというのが条件だった。
芸能関係の、裏方のバイトをしていることは言ってある。
屋敷で台本を確認していても、不自然じゃない。
まさかカメラの前に立って撮影しているなんて、しかも、女装しているなんて思ってもないだろう。
載っている雑誌は絶妙な誘導で見せたことはないし。
永久が気付いている様子は微塵も感じない。
「今度のCM、雨竜くんとアリスのパターン以外に、もう1パターン撮ることになってるのよ」
雨竜はこのことを最初から知っていたようで、椅子を少しずつ移動させてアリス・・・・・・大翔から距離を取った。
「男の子同士のパターンがねぇ」
彼女の言葉に大翔がきょとんとして目を瞬かせる。
(なんだ・・・・・・雨竜と永久がCM撮るのか)
思っていたことと違った。
(アリスん時の俺と永久かと・・・・・・)
先程のシーン、相手が永久に代わるのかと思っていた大翔は浮かせていた腰を戻した。
さすがの永久も腕の中にいる女が大翔だと気付かないわけがない。
「で、永久と大翔がうちの事務所からデビューってことなのよ」
(なぁんだ、そうかそうか・・・・・・)
「は?」
(今サラッと聞き流してしまったが、とんでもないことを言われたような・・・・・・?)
「ね、だから、ほら急いで着替えなきゃ!」
未だ状況が飲み込めていない大翔の腕を取って立ち上がらせる。
「じゃぁ、雨竜くん。今日は御苦労様。また、連絡入れるわ・・・・・・って、見学していく?」
「あ、いえ・・・・・・まだ、他に仕事がありますから・・・・・・残念ですけど」
そう断った雨竜をその場に残し、彼女は大翔を引き摺って一階下のフロアへ移動した。
ここにいるスタッフは全員アリスの正体を知っていて、更に、大翔がそのことを永久に隠していることも知っている。
そして、永久が大翔とアリスが同一人物だと気付いていないことも。
町中にアリスのポスターが貼られ、最近では雨竜とのCM第一弾が放送されているにも係わらず、その恋人だと言う永久はアリスに何の興味も示さない。
彼女はそのまま大翔を一室に押し込んだ。
「5分でシャワー浴びて、そこの服に着替えてきて」
また上のスタジオに戻ると言って彼女は去って行った。
(デビュー?)
大翔はアリスの格好のまま立ち尽くす。
(誰と誰がデビューだって?)
ふと壁に嵌め込まれた鏡を見る。
「鏡の中のアリス・・・・・・」
その中に映った時計で時間を確認し、急いで衣装を脱いだ。
そのままシャワーを浴びて、化粧を落とし・・・・・・
用意されていた服に袖を通したところで5分以上経過していることに気付いた。
まだ髪から雫が垂れているままで部屋を飛び出す。
(永久に断らせる!!)
カチャカチャと何度もエレベーターのボタンを押すが、1階に止まっているエレベータはなかなか上がってこない。
「俺と永久がデビューってなんだよ!!」
チン。
「なんだよ、って言われても・・・・・・そういうことなんだろ?」
タイミングよく開いたエレベータの扉の向こう側に永久がいた。
「って、大翔、髪濡れたまんまじゃん・・・・・・風邪引くぞ?」
大翔の肩に掛けられたままのタオルを取り、頭に被せる。
「ほら」
永久を見て固まったままの大翔の腕を取ってエレベータの中に引き込む。
エレベーターが上昇を始めた。
「大翔?」
「断れよ」
髪を拭いてくれていた手を止めて、大翔が見上げてきた。
「なんだよ?CM1本くらい・・・・・・俺だって特撮出身者だぜ?カメラの前での演技は経験してるんだし」
「でも、デビューがどうのって・・・・・・」
不思議そうに見下ろしてくる永久を怪訝そうな表情で大翔が見上げる。
「エキストラ出演だろ・・・・・・そんなに緊張するもんでもねぇだろ?俺達一緒なんだし?」
画面の隅っこに映る程度だと思っているらしい。
「でも、ちょっと待った・・・・・・今言ったデビューって何?」
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