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第71話

チン。 「イケメンハーレムを作るのよ!!」 扉が開いた瞬間、彼女の声が飛んできた。 セットに向かってなにやら指示を飛ばしている。 まだ、こちらには気付いていないようだった。 「い、今・・・・・・あの人なんて言った?」 自分の耳を疑いたいのは大翔だけではなかったようだ。 「大翔・・・・・・あの人、今とんでもないこと言わなかったか?」 聞いてはいけない事を聞いてしまったような・・・・・・ 「ここ最近のイケメンブームに乗り遅れちゃいけないわぁ!!」 こちらには全く気付いていない彼女の背中は、今まで見た事も無いくらい生き生きとしている。 近くを通り過ぎようとしたスタッフを一人捕まえて、これは何事かと問えば・・・・・・ 昔、素人の女子学生を集めたアイドルグループがあって、それを男子学生で作ろうとしている、ということらしいのだが。 「実際はただイケメンに自分が囲まれたいだけ、だろ?」 呆れた表情で永久は溜息を吐き出した。 苦笑いしたスタッフを解放してやり、二人はスタジオの入口から中に足を踏み入れる事を迷っていた。 「俺達がイケメンって言う目の付け所は悪くないと思うけど・・・・・・」 「なんだよ、永久・・・・・・結構やる気満々?」 「イケメンって言われて悪い気はしない・・・・・・俺らがそのイケメンハーレムの第一号と二号ってことになるのか?」 自分を指差して、次に大翔。 「俺らまたテレビに出るんだぜ?」 (永久・・・・・・俺はもうアリスとして世に出てるんだよ) 「・・・・・・ったく、行くぞ」 覚悟を決めてスタジオに入る。 すぐに気付いた彼女が駆け寄ってきて、二人の格好をチェック。 「大翔、あんたもう少し乱れていいわ。お願いね」 何もセットしていない、湿ったままの髪に彼女の手櫛が入り、肩に掛かっていたタオルは近くのスタッフに投げられた。 (乱れる?) そのまま呼ばれたスタッフに連れて行かれる。 「永久、あんたはあっち」 彼女は永久の手を取り、大翔とは別の方向へ連れて行かれた。 大きな鏡を前に座らされ、永久の周囲を三人の女性が取り囲んだ。 「まぁ、いい素材だわぁ!」 「本当!若いっていいわよねぇ!!」 「社長、始めますね!」 彼女のことを社長と呼び、三人は一斉に永久の衣服を脱がし始めた。 「ちょ、ちょっとぉ!!」 「大丈夫!全てをお姉さん達に任せてちょうだい?」 「じゃぁ、細かい指示は後で出すから、宜しくね。私は大翔の方に行ってくるから」 永久をその場に残して彼女は逆サイドに向かった。 さて、こちらは極寒の大地のようにダイヤモンドダストが吹き荒れていた。 誰もが中央に座った大翔に近づけず、遠巻きに見ている。 そんな中へ、平気な顔で彼女が入って行った。 「大翔ったら、そんな絶対零度の凍気なんて放ってたら可愛くなれないわよぉ?」 ぷにっと頬を突付く。 「誰が可愛くなりたいと言った?ってか、ちゃんと説明してくれ」 永久とアリスのコンビではなく、永久と大翔のコンビを起用する・・・・・・ 永久が事務所にやって来たことも聞いていなければ、永久と一緒にCM撮影を行うとも聞いていない。 まったくの寝耳に水、というやつだ。 「だって本当のこと言ったら、あんた今日サボったでしょ?」 「当たり前だ」 即答。 「だからよ」 そう言って、大翔が座っている椅子を回転させ、鏡に向き合わせた。 「もっと濡れたままでよかったのに・・・・・・ねぇ、お湯持ってきてぇ」 大翔の髪を触って、スタッフを呼ぶ。 「なぁ、いったいどんなCM撮るわけ?」 (なんだ・・・・・・この嫌な予感は・・・・・・) 逃げ出す事を許さないと言った感じで彼女の手が大翔の肩を抑える。 「大丈夫よ・・・・・・永久がみぃんなやってくれるから」 意味ありげな微笑・・・・・・ 「あんたは、ただ大人しく、されるがままでいてちょうだい?」 (されるがままって・・・・・・・) それまで着ていたモノは剥ぎ取られ、明らかに普段のサイズよりは1サイズ・・・・・・いや、2サイズほど大きい白いシャツを着せられ、ジーンズに裸足・・・・・・ そのままセットに連れて行かれて、ぽつんと立たされた。 恐らく、背景は合成になるのだろう、ブルーシートの中央に大翔がいる。 そこへ、大翔よりは年上だが、スタッフの中でも若手な2人が両手にバケツを持って近づいてきた。 2人とも緊張しているようで、少々顔色が悪い。 バケツの中では湯気が立ち昇り・・・・・・ 「失礼します」 「へ?」 言うや否や、バシャンっと左右からお湯を掛けられた。 「かはっ、けほっ・・・・・・ちょっ・・・・・・けほっ、てめぇら、何すん」 先程浴びたシャワーの温度よりは少し低めのお湯が少量鼻に入った。 「大翔」 名前を呼ばれて濡れた髪を掻き上げると、こちらは少々濡れている程度の白いシャツを身に纏った永久がふんわりと柔らかそうなタオルを持って近づいてきた。 「大丈夫か?」 なぜか抱きかかえるようにしてタオルを大翔に羽織らせる。 「・・・・・・永久、お前、あの人になんて言われた?」 大翔は先程彼女に言われた通り、永久の好きにさせる。 「いつも通りにしろって・・・・・・隠しカメラがあちこちにあって、向こうで勝手にアングル弄って撮ってるからって」 「は?」 一瞬大翔の眉間に皺が寄ったが、その表情は永久の持つタオルで隠されていた。 「いつも通りって?」 お湯が滴る髪に伸ばされる永久の手からタオルの端を奪い取り、口元に当てる。 「俺がいつもどんな風に大翔の世話をしているか・・・・・・痛っ」 頬を抓られて顔を顰めるが、永久はそのまま大翔を抱き上げて移動する。 「お前ねぇ、いつもこれ以上のこと俺にやらせてるだろ?」 数歩場所を移動しただけで大翔を下ろした。 相変わらずブルーシートの中にいるのだが、そこには白いソファが用意されていた。 大翔をソファに座らせ、永久はその背後に回り込む。 「大翔」 名を呼んで、振り返った不貞腐れた表情の大翔の顔をじっと見詰めて、永久はニッと笑みを浮かべた。 背後から抱きかかえるようにして腕を回して、永久がズボンのポケットから取り出したもの。 「永久・・・・・・それ」 先程は『アリス』として雨竜に・・・・・・ そして、今度は大翔のまま永久に・・・・・・ 「俺にソレ塗る気?」 「新色なんだってよ・・・・・・ほれ、唇突き出して」 「まぁ、大翔ったら永久相手だと素直に塗らせてあげるのねぇ」 別室でモニターチェックをしていた彼女が溜息と共に画面をカツンと弾いた。 「アリスの時とはまた雰囲気が違ってて・・・・・・いいですねぇ」 スタッフの一人が画面を食い入るように見詰めている。 「あの伏せた目ぇ・・・・・・艶っぽいですなぁ」 たっぷり蓄えた顎鬚を撫でながら、でっぷり太ったスタッフが溜息を零す。 「同じ色なのに、アリスと大翔くんとでは全く違ったものになりますね。なんて言うか、小悪魔的?」 「そうねぇ・・・・・・アリスのときは可愛いイメージがあったけど、大翔くんが付けると・・・・・・なんだろう・・・・・・魔性の女?」 「大翔くんは男だから、魔王?」 (どちらにしろ『魔』が付くのね) 「うん、可愛い」 自分の思うように塗れて満足な永久は、大翔の顎に手を添えてニッと笑った。 「俺を可愛くしてどうすんだよ?」 大翔はそのまま永久の手からソレを奪い取り、永久の胸倉を掴んで引き寄せる。 「しょうがねぇじゃん、あの人が・・・・・・」 続けようとした言葉は、唇に触れた感触が塞いだ。 「俺だけじゃ不公平だろ?」 慣れた手付きで永久の唇がなぞられる。 「・・・・・・大翔」 胸倉が掴まれたままなので大翔から離れられない。 「不公平だよな?不公平だよ・・・・・・永久は俺を怒らせたい?」 そんなわけ、ないよな? 「社長・・・・・・大翔さんが・・・・・・」 慌てて振り返ったスタッフが見たものは、満足げな笑みを浮かべた彼女だった。 「大丈夫よ・・・・・・全て計画通りに進んでいるわ」

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