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第72話

バタンと大きな音を立てて部屋の扉が開いた。 「出来ましたよ!社長!!ファッションショーで着る大翔くんの衣装!!!」 部屋へ飛び込んできたスタッフの手には色鮮やかなドレスがあった。 バコンッとスタッフの後頭部が大きな音を立てたものの、彼女から向けられた視線に悲鳴を飲み込む。 何処から取り出したのかは分からないが、彼女の手に大きなハリセンが握られていた。 「なかなかにエロいわね・・・・・・ふふふっ」 彼女の視線の先で、何も知らない永久と大翔がCM撮影を行いながらイチャついている。 「永久にエスコートさせるわ」 その前に、大翔を口説き落とさねば。 大翔にはアリスとしてショーに出演してもらうため、永久の前で女装することに慣れてもらわないと。 でも、今は内密に、慎重に。 もっと外堀から埋めていって、大翔が逃げられないように・・・・・・事を進めていかなければ。 彼女は不敵な笑みを浮かべてCM撮影を見守った。 別の日。 近々行われると言うファッションショーのスポンサーが大翔に・・・・・・いや、アリスに会いたいと連絡してきた。 もちろん、社長が拒否するわけもなく、更にそのスポンサーはアリスの正体を知っている。 じゃぁ、お互い都合のいい日に・・・・・・・という事で、同じくファッションショーに出演する雨竜と共に、会食をすることになった。 「あれ?大翔くん、今日はまだ仕事なの?」 ファッションショーに参加するモデルの顔写真と簡単なプロフィールを書いた書類の束が事務所のテーブルの上に広げられている。 床にまで散らばったデッサン画を拾いながら、大翔は溜息をついた。 写真撮影を終えた後は速攻シャワーを浴び、私服に着替えて帰っていく大翔が今日はまだいる。 シャワーを浴びて着替えてきたのは私服だったのだが・・・・・・・・・ 「なんか雰囲気かわいいわね」 大翔の足元から視線を上げていき、同僚のモデルはそう感想を述べた。 「すいません、化粧お願いしていいですか?」 「はいはい、こっちにおいで」 大翔はこれから社長達との会食へ、アリスとして赴くのだ。 アリスの正体を知っているのなら、大翔の姿のままでいいだろうというのに、スポンサーは、わざわざアリスに会いたいと御所望。 事情を話してあったもう一人の同僚は、自分が座っていた椅子の前に小さな椅子を用意した。 「え?何?またメイクするの?なになに?どこ行くの?」 「うっさい!」 「ほら、動かない!」 顎を掴まれて、大翔は大人しく化粧をしてもらった。 濃すぎず、薄すぎず。 美しいというより、可愛らしいイメージで。 「帰り寄るでしょ?あまり遅くならないようにね?」 カツラや化粧をしたまま永久の元へ帰るわけにはいかない。 用意してもらった小さなピンクの鞄を持って、スニーカーからヒールに履きかえる。 「大翔くん、かぁわぁいいぃ!!!」 「気をつけて行っておいで」 同僚達に見送られ(若干一名がついてこようとしたのを止めに出ただけ)、大翔は事務所を出た。 時刻は午後七時ちょっと過ぎ。 社長達との待ち合わせ時間までは十分余裕がある。 左手に巻いた時計に目を落とし、長い髪を靡かせて歩き出した。 「瞬、出てきた。追いかけるぞ」 瞬は訳あって兄と共に建物の陰に身を潜めていた。 見張っていたのは、大翔がモデルのバイトをしている事務所の入口。 出てくるはずのないモデルの姿を待っていて、瞬はギョッと目を見開いた。 (大翔くん、なんであんな格好のまま出てくんの?) 「ほら、見失っちまうだろ!」 永久に腕を掴まれて、瞬は引っ張られるままに歩き出した。 「兄ちゃん、これってさぁ」 気付かれないように一定の距離を保ちつつ、前を行く人物の後をついていく。 「これってストーカー行為だよね?」 そう呟いた瞬に振り返った永久は、チッチッチッと舌を鳴らした。 「あの子が大翔に似てるって噂のアリスちゃんなんだろ?どこが大翔と似てるのか、俺がこの目でしっかりと見極めてやるんだよ」 (似てるも何も、本人なんだけど?) 隣の永久には、ガラスに映る自分の姿を確認して前髪をいじるアリスしか見えていない。 (ったく、なにやってんの・・・・・・大翔くん) パシャ。 隣でシャッター音がして振り返ると、永久が携帯電話を構えていた。 「兄ちゃん」 パシャ。 「肖像権侵害だから」 やめようね、と永久の携帯に手を伸ばしてカメラのレンズを下へ向ける。 「帰ったら大翔に見せてやるんだよ・・・・・・この世には自分に似てる人間が三人はいるんだよな?」 唐突に何を言い出したのか、と瞬は呆れ顔で兄を見詰めた。 (ほんとに気付いてないのかな?) アリスと大翔が同一人物だということに。 「ねぇ、兄ちゃん・・・・・・この際、思い切って声掛けてみれば?」 アリスの正体が兄が知った時、どんな反応をするのだろうか? 自分から気付いてほしい。 大翔は永久に女装してモデルのバイトをしていることを隠しているから、告げ口したみたいなことにはなりたくない。 「兄ちゃん?」 シンッと静かになった兄の視線を辿ると、その先にはアリスがいて・・・・・・・・・ (・・・・・・あれは?) アカデミーでクラスが一緒な雨竜が軽く手を上げてアリスに駆け寄った。 「・・・・・・・・・・・・あいつ、確かウリュウってヤツだよな?」 ぐいっと瞬の胸倉を掴んで引き寄せた。 「僕とクラスメートの雨竜って言って・・・・・・兄ちゃん?」 「あの二人、付き合ってるのか?」 「・・・・・・・・・・は?」 絶対付き合ってないけど、とも言えない。 そもそも、アリスと大翔が同じだと思っていない兄にとって、二人が付き合っていようがいまいが関係ないだろう? 「俺の大翔に似てる子がアイツと付き合ってるとかって、なんかムカつく」 「はいは~い」 (さりげなく『俺の』って言った)

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