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第73話

「それにしても本当分かんねぇなぁ」 雨竜の隣に並んで歩く美少女は、すれ違う人々の目を引く。 「なにが?」 ちょこんと首を傾げて上目遣いに雨竜の顔を覗き込む。 「そうしてると女にしか見えない。俺お前だって知らなかったらナンパしてるぜ、きっと」 「雨竜ってナンパとかすんの?」 軽蔑の眼差しを向けられて、雨竜は慌てて否定した。 「いや、したことはないけど!!」 (ナンパする奴の気持ちは分かるというか・・・・・・なんと言うか・・・・・・) 振り返る男達の視線が鬱陶しい。 無意識に伸ばした手が美少女の腰に回される。 「雨竜!」 「下手な男に声掛けられたくないだろ?」 ぐいっと更に腰を引き寄せた。 「・・・・・・・まぁ、そうだけど・・・・・・・・・ったく、しょうがねぇなぁ」 (腰細っ) 「でさぁ、大翔・・・・・・あまり声は出さない方がいいから俺に任せてくれよ」 ヘリウムガスを吸って声を高くするのは不自然だし、無理に声を変えようとしてもおかしなことになる。 スポンサーはアリスが大翔だと知っているけれど。 やっぱり、この姿の時は・・・・・・ 「まぁ、お前んとこの社長がしゃべり倒すだろうけど」 自分達が口をはさむ隙はないだろう。 二人はただ出された料理を綺麗に平らげていくだけ・・・・・・・・・ 「あいつ!あいつ、彼女の腰に手ぇ回してやがる!」 今にも飛び出していきそうな兄の腕を捕まえたまま、瞬は溜息をついた。 (兄ちゃん・・・・・・本能でアリスが大翔くんだって解ってるんだね) 何度目かの溜息をついたとき、ポケットの中で携帯が着信を告げた。 「兄ちゃん、久遠ちゃんから電話だから、ちょっと大人しくして」 「は?久遠?」 瞬を引っ張る力が少し弱まった。 「はいは~い、久しぶりぃ?どうしたの?」 瞬と久遠の会話が多少気になるようだが、それ以上に気になるのはやっぱりアリスの方らしい。 早く通話を切れと急かしつつ、瞬を引っ張る。 「一緒に食事?そうだね・・・・・・何処で待ち合わせする?」 この場から兄を遠ざけよう。 今日の事は大翔にちゃんと報告しよう。 (兄ちゃんに知られたくないなら、大翔くんももっと気を付けてもらわないと) 高級料理店の個室に案内された大翔・・・・・いや、アリスと雨竜は、ぐるっと部屋の中を見回した。 「・・・・・・・高そうだな」 「ん」 「来たわね、ほら、二人共、座って座って」 既に社長も、雨竜の事務所の関係者も、各スポンサーの方々も席についていた。 すぐに会食はスタート。 笑顔での会話の裏側に渦巻く策略を感じつつ、大翔は若干引いていた。 (普通の食事会じゃねぇじゃん・・・・・・お互いの腹ん中の探り合い) 時折話しかけられも、大翔はただ黙って微笑みを浮かべているだけ。 隣に座っていたスポンサーの男が大翔の手を取った。 ゾワッと背中に寒気が走って頬が引き攣り、大翔の様子に気付いた社長がすぐにその手の甲をぴしゃりと叩いて離した。 「おさわり厳禁ですわ、御前」 「アリスちゃんは大人しいんだねぇ」 一言もしゃべらない、いや、しゃべれない美少女はただ微笑みを浮かべている。 大翔は両手でアイスティーのグラスを握ってストローに口を近づけた。 (つ、疲れる・・・・・・それに・・・・・・この隣のエロ親父じゃなくって・・・・・・) 大翔はチラッと目の前の男を見上げた。 名乗った後はずっと黙ったまま、じっと大翔を見詰めていた男と目が合い、慌てて視線を外す。 (こいつ・・・・・・・・・なんかヤバい目してる) 「どうした?」 エロ親父とは逆サイドに座っていた雨竜が大翔の様子に気付いて、こそっと話しかけてきた。 「・・・・・・・・・ん、ちょっと席外すな」 そう雨竜に耳打ちして席を立つ。 部屋を出る前に社長にも伝えて、扉を開けた。 その時。 「いらっしゃいませぇ」 店員の声がやけにはっきりと聞こえて、大翔は入口の方を覗いた。 入って来たのは・・・・・・ 「兄ちゃん、今日は久遠ちゃんの驕りだっていうんだから!」 瞬がいる。 「僕の知り合いのお店なんだ!こんな高級店なんて滅多に来れないんだから、誘ってあげた僕に感謝してよねぇ」 ニコニコ笑顔の久遠がいて。 「大翔くんに連絡がつかなかったのは残念だけど?」 永久が久遠に手を引かれて入って来た。 久遠のために店長らしき人物が奥から慌てて出てきた。 そのままビップルームでもありそうな方角へ案内されていく。 なぜか、いきなり振り向いた久遠と一瞬目が合って・・・・・・・・・ 大翔はそのまま化粧室へと駆け込んだ。 (なんでいる?) 久遠も瞬もアリスの正体を知っている。 永久は気付いていない。 奇跡だ。 (俺が永久に知られたくないって久遠は知ってるはずだから、きっとなんとかしてくれるだろうけど) 瞬もいたし、直接会わなければなんとかなるだろう。 「で、何してるの?」 男子トイレの鏡の前で、美少女はビクリと肩を飛び上がらせた。 「久遠・・・・・・お前、脅かすなよ」 二人の他に人はいない。 「そんな格好で何してるの?」 「何って・・・・・・」 抗議の声を上げようとして・・・・・・・・・ 「とりあえず、早くココ出た方がいいんじゃない?」 「だよね?」 第三者の声に二人はギョッと入口を振り返った。 (さっきの!) 「ここ男子トイレだよ?君は向こう」 女子トイレの方角を指差しながら、ファッションショーのスポンサーの一人、居心地の悪い視線を向けてくる男が入口を塞いで立ったいた。 「ですよね?僕もそう教えてあげてたんです。さぁ・・・・・・」 久遠がニッコリと笑って大翔の背中を押した。 だが、男は動こうとしない。 「ねぇ・・・・・・・・・Cross of the blood(血の十字架)って知ってる?」 「さぁ?なんですか、ソレ?」 「君とその子の関係は?」 その子、と久遠の背後を指差す。 「貴方には関係ないと思いますが?そこどいてくれませんか?」 珍しく久遠がギラッと瞳を輝かせて男を睨みつけた。 男がゆっくりと身体を移動させる。 「Cross of the blood(血の十字架)、逃がさないよ?」 目の前を通り過ぎようとした時、男が独り言のように呟いた。 ビクリと足が止まる。 それに気付いた久遠が、大翔の手を引っ張って離れて行った。 「・・・・・・見ぃ付けた」 二人の背中を見送った後、男は暫くその場に留まった。

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