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第74話

食事を終えて帰ってくると、既に大翔は屋敷に帰って来ていた。 なぜか久遠は途中で帰って行ったが・・・・・・ (突然用事を思い出したって言って帰っていったけど・・・・・・自分から誘っておいて) 何の用事があったんだか、と首の後ろを掻きながら永久は大翔の部屋を目指した。 屋敷内が妙にピリピリしている気がする。 気のせいだろうか? それとも何かあったのか? 「大翔?」 部屋に大翔の姿はない。 「お~い、大翔?」 屋敷内に大翔の気配はする。 その気配を辿っていけば・・・・・・・・・ 「俺の部屋か」 間もなく自室の扉前に辿り着く・・・・・・そんな永久を追い抜いて、瞬が兄の部屋の扉を大きく開け放った。 「大翔くん!無事!」 「は?」 弟の様子に首を傾げながら、永久は自室に足を踏み入れた。 「おかえり」 大翔はベッドの上にいた。 明かりも付けずに、永久のベッドの上で小さく丸まって横たわっている。 「どうし・・・・・・」 「大翔くん!大丈夫だよ!」 大翔がこちらを向いた瞬間、瞬の腕がヌッと伸びた。 「ちょっ、瞬!!」 その手は大翔の腰を掴む。 すぐさま瞬は引っぺがされ、永久の隣に転がる。 「いったぁい!!ひどいよ、大翔くぅん」 「いきなり何すんだよ!!」 「大翔、だからって瞬を投げるな!」 (セクハラされたみたいだ) しっしっと追い払う。 「ったく、瞬?」 「細かった」 「は?」 「なんでもなぁい!!」 瞬は慌てた様子で立ち上がり、部屋を飛び出して行った。 「何がしたかったんだ・・・・・・あいつ?」 大翔の腰になら何度も抱きついたことがあるはずだが? 「知らん!」 大翔はクッションを抱かかえて再び倒れこんだ。 「大翔、寝るなら自分の部屋行くか?」 「まだ寝ない」 寝ないと言いつつ、大翔の瞼は閉じられた。 「大翔、何かあったのか?」 「何もぉ」 「大翔、寝るなって・・・・・・お前、風呂入った?」 くん、と鼻を鳴らして大翔の髪に顔を近づける。 「ん・・・・・・・・入ったよぉ」 目を閉じたまま、思い出し笑いをする大翔。 だが、すぐに笑顔は消え、すーすーと寝息が聞こえ始めた。 「・・・・・・んじゃぁ、俺も風呂入ってくっかぁ」 翌日。 「ただいまぁ?」 屋敷の明かりはついていなかった。 永久達の気配はなかったが気にすることなく、リビングへ向かう。 部屋は暗いままで、キッチンにも人影はない。 「あれ?あいつら、もう寝たのか?」 ソファに鞄を投げて、キッチンに踏み込む。 テーブルの上には何もなく、冷蔵庫を開けて中身を物色した。ペットボトルのお茶を取り出して、ふと壁掛け時計を見た。 時刻は、九時五分前。 屋敷の中は、物音一つしない。 シンと静まり返っている。 「永久ぁ・・・・・・・・・バイトで疲れて帰って来た俺のメシ・・・・・・は?」 コップに注いだお茶をリビングのテーブルに置いて、テーブルの上のリモコンでテレビの電源を入れた。 携帯電話のCMを見て、今日一日一回も自分の携帯を開いていないことに気付いた。 お茶を一口飲んで、上着のポケットから携帯を取り出す。 その時。 マナーモードにしてあった携帯が手の中で震え始めた。 「何?」 「あ、大翔・・・・・・今どこ?」 「俺のメシは?」 相手は永久だった。 「ってことは家にいんの?」 永久の声の後ろで他の声がいくつか聞こえてくる。 どうやら永久は一人ではないらしい。 「俺のメシは?」 「今日は外で食べてきてねぇの?」 「俺のメシは?」 「ほら・・・・・・今日遅くなるって連絡しておいた・・・・・・よな?メール見てない?」 「俺のメシは?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「俺のメシ」 いったい何度同じ言葉を繰り返しただろうか。 携帯を持っていない手がテーブルの上をコツコツと小突く。 「戸棚の中にカップラーメンがあるから・・・・・・・」 大翔は切ボタンを押した。 携帯をテーブルの上に滑らせ、ゴロンとソファに倒れ込む。 「カップメンって・・・・・・永久は何食ってんだよ」 その頃、永久はファミレスの一角で通話の切れた携帯を握り締めていた。 (なんで今日は早いんだよ・・・・・・) 失敗したなぁ、と頭を抱える。 最近はファッションショーが近いとかで帰りが遅かった。 しかも、食事もバイト先の仲間と一緒に済ませていることが多かったし。 「悪い、俺帰るわ」 一緒に訪れていた友人達をそのままに、永久は席を立った。 自分の分の会計をテーブルに置き、ファミレスを飛び出した。 (あいつ、どうせカップメン食ってねぇんだろうなぁ) 駅前のファミレスから走って、跳んで・・・・・・・・・ 屋敷まで数メートルという場所まで辿り着いた時、一匹の狼が横を走り抜けて行った。 屋敷の前で狼は姿を変え、永久に気付くことなく屋敷の中に入って行った。 そのすぐ後に永久は玄関の扉を開けた。 「ただいまぁ・・・・・・・・・瞬?」 先に入ったはずの弟から「おかえり」が返ってこない。 不思議に思いながらリビングに足を踏み入れると、瞬はソファの前に突っ立っていた。 ソファで眠る大翔を見下ろして。 「瞬、どうした?」 声を掛けると、ビクリと大きく体が跳ねて、その場に膝をついた。 「おい大丈夫か?」 慌てて駆け寄ると、床に打ち付けた膝を押さえて瞬が涙目で兄を見上げてきた。 「帰ってきたら大翔くんが寝てて・・・・・・でも、こんなとこで寝てたら風邪引くと思って・・・・・・でも起こせないし」 「分かった。俺が部屋に運ぶから、お前大翔の鞄持ってきて」 大翔の背中と膝の裏に手を入れて抱き上げ、ふと思い出す。 「そういや瞬、前に一度大翔起こしに行って無事だったろ・・・・・・どうやったんだ?」 「え、いつ?」 「・・・・・・・・ん?いつだったかな?」 「そんなの憶えてないよぉ?そんな必殺技があるんなら、とっくに使ってるし、皆にも教えてる!」 瞬が開けてくれた扉を潜り、部屋に入る。 とりあえず上着は脱がせて布団を掛けた。 「マコちゃんが教えてくれた方法は僕らじゃ効かなかったし」 二人は足音を忍ばせて部屋を出、リビングへ戻った。 リビングのテーブルの上にも、キッチンにも、大翔が使ったであろう食器は飲みかけのお茶が入ったコップ一つだけ。 「僕らとマコちゃんの違いって言ったら権力の差?」 「なんだよ、その権力の差って?」 点けっぱなしのテレビのチャンネルを変えて、瞬はソファに座った。 「瞬、先に風呂入れよ。アカデミーの宿題は済んだのか?」 「うん、友達んちでやってきた」 (雨竜んちだけど・・・・・・言っちゃいけない気がする) じゃぁ先に風呂へ、と永久は見ていないテレビの電源を消すためにリモコンに手を伸ばした。 「兄ちゃん、明日この手でいってみない」 一筋の希望を見出したかのように、瞬はテレビ画面を指差した。 そこには、ドラマの早朝シーン、主人公を起こしに来た主人公の兄が登場したところだった。 参考にしようと二人は食い入るようにテレビを見詰める。 カチャリとノブを回し、カーテンを閉め切った薄暗い部屋へ入っていく。 ベッドに近づき、布団から覗く弟の耳に顔を寄せていき、その耳元で・・・・・・ 「お・は・よ・う!」 一文字一文字を大きく、はっきりと発音した兄の声で、主人公は一気に覚醒。 「ね、兄ちゃん!」 明日、大翔を起こすのは永久の番。 (こいつ、俺を実験台にする気か?) 「ポイントは、大翔くんが『今何時?』って聞く前に起こせるかどうかにかかってるわけだから!」 時間と、勢いの問題? 「頼むよ、兄ちゃん!僕らの未来は、兄ちゃんにかかってるんだ!!」 大翔を起こす時に必要なものは、剣道の防具。 そして、勇気。 「大翔?起きろよ、大翔?」 こちらに背を向けて眠っている大翔は、規則正しい寝息を立てている。 大翔の双子の弟、真琴は言う。 大翔を起こす時は耳元で優しく語りかけ、最後の仕上げで頬にキッスを落とすのよ。 最初にソレを試した永久は、その効果が真琴にしかないということを身を持って弟達に示した。 「大翔」 肩を揺すると、眉間に皺を寄せて、大翔の目が薄っすらと開いた。 永久はゴクリと生唾を飲み、思わず手を引っ込めた。 大翔の瞳がゆっくりと動いて自分を見下ろす永久を捕らえた。 (お・は・よ・う) 耳元で。 一文字、一文字大きく、はっきりと。 ドラマの中では成功していたじゃないか。 そして、頭の中では何度もシュミレーションを積み重ねた。 失敗するはずはない。 「大翔」 すぅっと息を大きく吸い込んで、兄の耳元に口を近づける。 そんな永久の耳元で大翔が囁いた。 「今何時?」 「うわぁ、それ痛そう・・・・・・」 首筋の傷を見て顔を顰めたのは、昔から世話になっている診療所の看護師だった。 「大翔くん、相変わらずみたいねぇ」 カルテを胸に抱いた別の看護師がクスクス笑いながら通り過ぎていく。 「ちゃんと防御しろって教えたろ?」 永久の傷を治療しながら、目の前の医者は言う。 「剣道の防具つけてたんだろ?なんで、こんなにあちこち噛まれるんだよ?」 「あら、こっちのは爪痕?大翔くんパワーアップしてるの?」 医者の手伝いをしながら、看護師が傷口を突付いた。 「今日のは特に酷いというか、深いというか。関節まで外されやがって・・・・・・お前、大翔に何か恨まれるようなことしたのか?」 永久はただ苦笑を浮かべて、痛みに耐えていた。 「ったく、二人でうちに来るなんて久しぶりだなぁ、ほれ、おしまいだ」 「・・・・・・ありがとうございました」 まったく感謝の気持ちが篭っていない礼を言い、永久は立ち上がった。 待合室では大翔が一人、ぽつんと座ってテレビを見ていた。 患者はまだ一人もいない。 「時間外に働いたんだから金はいらん」 しっしっと手を振って医者は銀縁の眼鏡を外した。 診察室と待合室を仕切っていたカーテンを開けると、医者は立ち上がり、永久の背後から近づいてその肩に腕を乗せた。 「それにしても大翔は本当可愛いなぁ」 診察室から出てきた永久に気付いた大翔が立ち上がる。 ニヤニヤと笑みを浮かべながら医者が大翔に手を振った。大翔はニコニコと手を振り返している。永久は肩に乗った腕を下ろさせた。 「俺のだから」 「てめぇは源三にそっくりだ!」 ぱこん、と永久の後頭部を叩き、医者は煙草を咥えた。

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