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第75話

「え、お前女装してそのファッションショーに出るのか?」 「ん」 ファッションショー開催の日が近づいている。 ショーを見に来ると言った永久には言っておかないと・・・・・・・・ ただ、アリスと大翔が同一人物だと言うことは伏せてあるが。 「永久、俺がお前推薦してやろうか?一緒に女装してショーに出ろ!」 「冗談だろ?」 (お前ならともかく) 「俺が女装して似合うわけねぇじゃん」 「まぁなぁ・・・・・・俺には敵わねぇだろうなぁ」 永久はフッと笑みを零した。 「なんだよ、自信満々って感じ?」 「やるからには完璧にやってやる」 「んじゃぁ、俺がメイクしてやろうか?」 「それはプロに任せて・・・・・・永久には他にお願いしたいことがあるんだけど」 ファッションショーの会場は、瞬の通うアカデミーの敷地内に建設されていた。 多くの業者が慌しく作業するのを横目に通り過ぎて、学生達が校舎の中へ消えていく。 工事は急ピッチで進められている。 最高の材料で、最高の建造物。 最高の機材を用意し、最高の素材を使用した高級なセット。 モデルが身につけるアクセサリーも衣装も、すべてが数百万以上のものばかり。 ステージ上では、照明、音響チェックが終わったところだった。 ステージ上でマイクを持った事務所の社長がスタッフに指示を飛ばしている。 大翔はぼんやりとリハーサルが進む様子を眺めていた。 「どうした、大丈夫か?」 そんな大翔の隣には雨竜が座っていた。 「ん」 こっくりと頷いて、雨竜の肩に頭を乗せる。 よしよし、と大翔の頭を撫でてやれば嬉しそうに笑うから、つい雨竜の頬も緩んだ。 「なんでてめぇがココにいるんだよ?」 大翔の頭に乗っていた雨竜の手の甲を抓って離したのは、肩にダンボールを担いだ永久だった。 「おめぇもだろ?大道具さんがこっちに来てていいわけ?」 「誰が大道具さんだ!!俺は大翔の様子をっ」 「そこぉ!!うるさいわよ!!!」 ステージで叫んだ社長の声を合図に、スポットライトが永久と雨竜を照らした。 「眩しい・・・・・・悪かった!すいませんっ!」 「すいませんでした」 蛇に睨まれた蛙の如く、二人は体を強張らせた。 「ったく」 社長の視線が二人から逸れると、同時にホッと体の力を抜いた。 「永久?」 永久の手が大翔の頭を持ち上げ、雨竜の肩から離した。 大翔は文句も言わず、永久にされるがまま反対方向に首を傾げる。 永久VS雨竜、第二ラウンドのゴングが鳴るかと思いきや。 「永久、早くそれ持って来いってよ!!」 永久の肩に乗ったダンボールの中身の到着を待っていたスタッフに腕を掴まれた。 「え?ちょ、ちょっと!!」 「ほら、早くしろって!!」 引き摺られるように永久が退場する。 「過保護だよなぁ、あいつ」 独り言のように呟いて、雨竜は呆れた表情で溜息を吐いた。 そんな雨竜の隣でクスクスと笑いながら、大翔はステージ上に視線を投げる。 「羨ましい?」 「なぁんで俺が羨ましがるんだよ?ってか、どっちに?大翔に?それとも・・・・・・永久にってことは絶対ねぇかんな!」 「そうかそうか、やきもち妬いてるのか?」 「大翔、これって会話噛み合ってるか?」 合ってる合ってる、と頷いて大翔が振り向いた。 ニッコリと笑って、よしよしと雨竜の頭を撫でる。 「大翔・・・・・・なんか恥ずかしいんだけど?」 この場にいる全員はステージ上のリハーサルに意識が集中しているはずだ。 二人を見ている・・・・・・なんてことはないのに。 雨竜の顔が赤く染まっていく。 そんな雨竜を気にすることなく、大翔はステージ近くのスタッフと打ち合わせをしている事務所の社長へと視線を向けた。 ステージに上がった永久がこちらを見ていることに気付いた大翔が手を振る。 永久は軽く手を上げてそれに応え、仲間と共に作業を開始した。 「いつもあんな調子なのか?」 「可愛いだろ?やらねぇぞ!」 「いらねぇよ」 「・・・・・・・・・・永久は俺のだから」 突然頭を抱え込まれ、こそっと大翔が耳打ちした。 「知ってるっつうの」 「やらねぇぞ」 小声で返答すると、大翔はニシシッと歯を見せて笑った。 「だから、いらねぇっつうの!」 雨竜の叫び声が響き渡り、もちろんその声は永久の耳にも届いた。 「うるせぇな、あいつ」 舌打ちして、社長の隣にダンボールを落とす。 「永久くん、その中身、もうちょっと丁寧に扱って!」 「割れモンは入ってません」 「だからってねぇ、モノにも心ってものがあって!」 社長の話は続くようだが、永久は苛々と髪を掻き乱して今来た道を引き返し始めた。 ここに運び込まなければならないモノがまだ幾つかある。 永久が受け持ったのは後二箱。 「永久くん、残り運んだら大翔くん連れて帰っていいわ?で、コレ渡しといてちょうだい」 社長が投げて来たのは、一枚のCDだった。 「それ、全部頭ん中に叩き込んでおくように言っておいて」 「全部って・・・・・・これ中身何?」 「大翔くんが出るタイムスケジュール他、諸々!今日中にね?」 頼むわよ、と永久の頭をポンポン叩いて社長は戻って行く。 (今日中にCDの中身を全部覚えろって・・・・・・そんな無茶なこと・・・・・・) と考えて首を振る。 (出来るな・・・・・・大翔なら・・・・・・とにかく・・・・・・さっさと終わらせて・・・・・・) ギッと振り返って客席を睨みつける。 (さっさと大翔を連れて帰る!!) 瞬が帰宅すると、リビングでは大翔がノートパソコンの画面と睨めっこをしていた。 「ただいま」 声を掛けると、こちらに視線を向けることなく、ただコクンと頷く。 「大翔くん?兄ちゃんは?」 近くに姿が見当たらない。 きょろきょろ辺りを見回しながら、瞬は鞄を大翔の後ろのソファに投げた。 「・・・・・・・・・・・・」 大翔から返事はない。 (何をそんな真剣に見てるわけ?) 画面に集中したまま、瞬の声を受け付けない大翔の様子を不思議に思いながらキッチンへ入って行く。 夕飯の支度が途中だ。 「兄ちゃん買出しに行ったの?」 返事はやっぱりない。 まぁ、期待はしていなかったので、永久は夕飯の買出しに出掛けたのだと瞬の中で決定した。 冷蔵庫の中から冷えた麦茶を取り出して、喉を潤すと、自分ともう一つ、大翔の分も注いでリビングに戻る。 コップをノートパソコンの側に置いてやると、それには反応した大翔の手が伸びた。 相変わらず画面に視線を釘付けのままだったが。 瞬が覗き込んだ画面には、びっしりと文字が並んでいた。 「なにこれ?」 時間と、行動、着る物、身に付けるアクセサリー類。 それに携わるスタッフの名前。 「これって、ファッションショーの予定?」 コクンと大翔の頭が縦に振られる。 (それを頭の中に叩き込んでる最中なんだね?) 一つでも間違うと、あの事務所の社長に何をされるか分かったもんじゃない。 (まぁ、大翔くんなら大丈夫だろうけど・・・・・・でも、なんでリビングでやってるわけ?) これではテレビが点けられない。 他の部屋に行けばいいけれど、そこまでして見たい番組は現在やっていない。 「大翔くん、僕部屋で宿題済ませてくるからね?」 大翔の首が再び縦に振られたことを確認して、鞄と麦茶を持って自室に向かった。 その数分後。 「終わった終わったぁ!終了終了ぉっ!!おつかれさま、僕ぅ!!」 大きな声で瞬が戻って来た。 「大翔くん、終わったよぉ!!!」 大翔の横に座る。 大翔の手がポンポンと瞬の頭を撫でた。 それはそれで嬉しいのだけれど、やっぱり言ってもらいたい言葉がある。 「おつかれ、よくやった、は?」 大翔はうんうんと頷いて、再び瞬の頭をポンポンと撫でる。 むぅっと唇を尖らせて、テーブルの下に潜り込み、ノートパソコンと大翔の間から頭を突き出した。 「大翔くんってば!!」 ギョッと大翔の目が大きく見開かれる。 漸く瞬と大翔の視線が合った。 「なっ!なんだ、瞬!!びっくりすんだろ!!」 「おつかれ、よくやったって言ってよ!!」 そんなに不服だったのか、と大翔は小さく呟いた。 「・・・・・・おつかれ」 「うん!!僕頑張ったよ!」 「あぁそうか・・・・・・退け」 ぐいっと瞬の頭を押し戻す。 「兄ちゃんは?」 「買い出し・・・・・・・・・・・・って、瞬?お前、俺のボディーガードって書いてあるけど?」 大翔が指差した画面を覗き込んだ。 「あの社長さんがね、ファッションショーの時、大翔くんを守ってあげてって!」 「いつの間にそんな話になってんだ?」 「お姫様抱っこしてあげるね!!」 自信満々でそう宣言した瞬に、思わずそうかそうかと笑ってしまったものの。 「なんでボディーガードが姫抱きすんだよ?」 すぐにガックリと肩を落とした。 「カッコよくお姫様抱っこしながら、こう銃を構えてね!!」 (何かのドラマの話か?) 大翔は大きな溜息をついた。 「で、華麗に護衛を務めた後、最高潮に盛り上がった二人は、ちぅ!!」 「ちぅ?」 にっこり笑った瞬の手が大翔の両頬を挟みこんで。 「チュ!」 完全に不意をつかれた大翔の唇に、瞬の唇が重なって・・・・・・ 「・・・・・・何やってんだ・・・・・・お前ら」 夕飯の買出しに行って帰ってきた永久がリビングの入口でドサリと足元に買い物袋を落とした。 「何って、ちぅ・・・・・・・・・・あ!!」 素直に応える瞬と、硬直したままの大翔。 「そんなもん何処で覚えて来た?」 「覚えただなんて・・・・・・・・・この間レンタルしてきたDVDでやってた」 そう言えば夜遅くまで何かを見ていたな、と。 「瞬・・・・・・一つ忠告しといてやる・・・・・・お前が今大翔にしたのは・・・・・・『セクハラ』と言うんだ」 「違うよ、『ちぅ』だもん!!」 「違わねぇんだよ!!その証拠に見ろ!!大翔を!!」 なんかショック受けてるだろ、と言われて大翔を見れば、漸く我に返った大翔が優しい笑みを浮かべて再び頭を撫でてくれた。 「瞬、俺は永久のだから・・・・・・」 「大翔くんは嫌だった?」 「嫌じゃないけど・・・・・・ほら、永久がヤキモチ妬くだろ?で、相手するの面倒だろ?」 「じゃあ、他の方法考えるね!!」 「俺の存在を無視するな、瞬」 まるっきり自分から体の向きを変えてしまった弟に声を掛けても、こちらを見向きもしない。 大翔に相手してもらうのが久しぶりな瞬のはしゃぎ様に諦め気味な溜息をついて買い物袋を拾い上げる。 「俺を無視したらどんな目に合うか、思い知らせてやる」 ふっふっふっ、不敵な笑みを浮かべて、買ってきたばかりの調味料を握り締めた。 (暫く涙が止まらなくなるぞぉ・・・・・・フッフッフッフッ) 「そう言えば・・・・・・瞬、お前宿題終わったのか?」 「大翔くん、さっき終わったって報告したよね?って言うか、教科書開いたけど理解不能で僕の脳が諦めたんだけどね!」 なので、宿題は終了! お疲れ様でした! 「瞬、ここでやっていいから宿題片付けなさい」 「は~い」 自室に戻り、鞄を取ってくる。 大翔の側でニコニコと・・・・・・ 先程は教科書を開いただけで考えることを放棄していたけれど今度はちゃんと・・・・・・ 大翔に格好いいところを見せないと、と張り切って筆箱をガチャガチャ鳴らし、教科書をパラパラ捲り・・・・・・ 「大翔くん、ここ何て読むの?」 二文字の漢字を指差して、大翔の腕を突付く。 だが、大翔は視線をくれない。 もちろん教科書も見てくれない。 「辞書引け」 「読み方分からなきゃ引けないよ?」 「国語辞典じゃない・・・・・・漢字辞典引け。部首とか・・・・・・」 「部屋に辞書取りに行くより、人に聞いた方が辞書引くより早いよ?」 (確かに) 瞬の言い分も分かるが、ここは瞬の為にも心を鬼にして・・・・・・と大翔が口を開いた瞬間。 「大翔くんも読めないの?」 「どれが読めねぇって?」

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