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第76話
ファッションショー当日。
予想以上の来場者を迎えつつも、大きな混乱もなく、順調にショーは進行されていた。
「こちらAブロック、異常ありません」
定時報告をして、警備員として配置されていた永久は無線機を下ろした。
(あれ?なんか甘い匂いがする・・・・・・?)
誰かに呼ばれた気がして、永久はふとステージを見上げた。
会場内に流れるBGMも、彼を照らす照明も、他の出場者と何も変わらない。
ハイヒールを履きなれている歩き方で現れた大翔に、会場のあちこちから黄色い声援が飛ぶ。
ぐるっと会場を見回して再びステージ上に視線を戻すと、ちょうど大翔が振り向いて、バチッと目が合った。
「!!」
その瞬間、ドキッとした。
いつも一緒にいるのに、視線なんて何度も絡めているのに、心臓がドキドキと大きく波打っている。
(なんだ?なんなんだ?)
顔が熱い。
(俺どうしちゃったんだ?)
大翔の女装を見たのはこれが初めてではない。
「馬鹿!ウィンクなんかすんな!!!」
くるりと回って投げキッスを寄越した大翔に眩暈起こし、永久は近くのパイプ椅子に腰を下した。
(何やってんだ、永久の奴?)
なんだか永久の反応がおかしくて、ウィンクしてみたり、キッスを投げてみたりしたのだが・・・・・・?
(めちゃくちゃ挙動不審じゃねぇか?)
自分の格好がどこかおかしいのだろうか、ともう一度ステージ上で回って確かめてみるが、衣装が破けていたり、汚れていたりなんてことは見当たらない。
大翔の姿が遠ざかると、永久は天井を見上げて深呼吸を繰り返した。
両手で頬に触れてみるとまだ熱い。
(顔赤いんだろうなぁ・・・・・・大翔の奴、ぜってー変だって思ったんだろうなぁ・・・・・・)
「何やってるの、永久くん?」
そんな永久の顔を覗き込んだのは女社長だった。
「な!!!なんでもねぇよ!!!」
そのままパイプ椅子ごと後ろへすっ転びそうになったのを何とか堪えて立ち上がる。
「なんでもないって、あんた、顔赤いわよ?」
熱でもあるのか、と社長の手が永久の額に触れた。
「別になんでもな・・・・・・」
「あんた、まさか!!」
先程まで大翔がステージにいた。
そして、永久は大翔を見ないはずが無い。
「大翔くんがつけてた香水にやられちゃったのね?」
「は?香水?」
社長は持っていた小さな鞄から、小さな香水のビンを取り出した。
ピンク色の小瓶のラベルには試薬と書かれている。
「今度うちから出す予定の試作品を大翔につけてみたのよ。で、どう?」
永久の手首にシュッと掛けて、鼻に近づけさせる。
「甘い?」
それは、先程嗅いだ匂いだった。
「それだけ?」
社長は何かを期待するかのような眼差しを永久に向けている。
「あたしを見ても何も感じない?」
「なんだよ?」
別に何の変化も見られない。
「おかしいわねぇ?ねぇ、永久くん、あたし綺麗?」
髪を掻き上げて、艶かしいポーズを作る女社長に、永久は顔を顰めた。
「欲情しろと?」
「大翔くんにはしてたでしょ?」
「なっ!!」
一度治まりかけていた動悸が再び復活する。
「ほら・・・・・・そうか、人によるのね?」
改良が必要だわ、と社長は頷いて小瓶を鞄にしまった。
よろよろと数歩下がって、再びパイプ椅子に腰掛けた永久の耳元に顔を近づける。
「永久くん、帰ってから大翔くん襲っちゃ、ダ・メ・よ?」
つんつん、と永久の鼻を突付いて、社長が離れて行く。
「襲うわけねぇだろっ!!!」
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