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第77話
「ねぇ、マコちゃん・・・・・・大翔くんはバイトで女装してること兄ちゃんにバレたくないくせに、なんでこのファッションショーは平気なんだろ?」
永久に投げキッスまでした大翔。
それまでにも何回か女装した事はあるが、全て永久の知るところである。
だが、バイトの、『アリス』のことは頑なに黙ったままだ。
街中のあちこちに『アリス』のポスターが飾ってあっても、雑誌の表紙にいても、不思議なことに永久は気付いていない。
それらを目にしていても、『アリス』と大翔を結び付けていないのだ。
「女装して金儲けしてるってことを内緒にしてるのよ」
双眼鏡で会場内を見回す真琴の隣で、そっか、と瞬は頷いた。
「あ、瞬、ちょっと行ってくるから!お兄ちゃんのこと、お願いね!」
「え?マコちゃん?」
双眼鏡を瞬に渡し、客席に向かって走って行く真琴と交代で、大翔がステージから下りてきた。
「真琴の奴、どうしたんだ?」
「わかんないけど・・・・・・何かあったのかな?」
なんだか周囲の視線を集めているような居心地悪さを感じて、瞬は大翔の手を取って控え室の方角へ歩き出した。
(なんか甘い匂いがする?)
くん、と鼻を鳴らして匂いの元を探した。
「大翔くん、なにか付けたの?」
「ん?あぁ、直前、社長に香水振り掛けられた」
くんくん、と自分の体の匂いを嗅ぐ大翔の腕を引っ張っていた瞬が、ふと足を止めた。
「どうした?」
前を向いたままの瞬の視線を辿る。
そこには。
「Cross of the blood(血の十字架)の大翔だな?」
黒服の男達が立っていた。
男の人数は五人。
皆サングラスをかけ、体格もがっしりとしている。
二人とも、彼らの顔に見覚えは無かった。
「何か用ですか?」
大翔が応える前に、瞬が一歩前へ出た。
「貴様は?」
中央の男がサングラスを外し、ギロッと瞬を睨みつける。
「ご自分から名乗ったらどうですか?」
カッとなった端の男を留めて、中央の男が一歩瞬に近づいた。
「我々は、ある方の命令で動いている。Cross of the blood(血の十字架)の大翔、我々と一緒に来てもらいたい」
男達はじりじりと近づいてくる。
二人を取り囲もうとしているようだった。
今ならまだ、背後には逃げ出せる。
「ある方って誰?」
大翔の手が瞬の肩に置かれた。
「何か用があるんなら、あんたが自分で来いっつっとけ!!」
大翔の一声に、ザザッと男達は二人を取り囲んだ。
「なるべく傷はつけないようにと言われているが・・・・・・」
男達が皆臨戦態勢を取る。
完全に退路は断たれてしまった。
だが、大翔にも瞬にも慌てた様子は見られない。
いや、むしろ、余裕の表情で彼らの行動を観察している。
「瞬」
ポン、と大翔が瞬の肩を叩いた。
「いろいろ聞き出さないといけないから、手加減しろよ?」
「うん」
最初の一撃は、瞬の拳が目の前の男の顔にめり込んだ。
背後に回った男には大翔の爪先が顎を蹴り上げ、飛び掛ってきた男には回し蹴り、あっという間に三人が倒れた。
勢いを殺がれた残りの二人は、互いの顔を見合わせて大翔達と距離を取る。
「たった一発ずつしか当たってねぇってのに・・・・・・」
倒れた三人は起き上がってこれない。
また一歩男達が下がる。
「逃げるな!!」
瞬が二人に飛び掛る。
大翔仕込みの蹴りが、男の顔面に見事炸裂。
最後の一人は悲鳴を上げて完全に体の向きを変えた。
「逃げるなっつただろ!!」
「ぐわっ!!!」
瞬の足払いによって男は倒れ込んだ。
その背中に、どかっと瞬が腰を落とす。
そこへ、漸く警備の人間達が駆けつけた。
その中に女社長の姿もあり、騒ぎの中心にいる大翔と瞬を見付けて手招いた。
男達が連行される様子を横目に、社長の元に歩み寄る。
「何があったの?」
「知らない奴が声掛けてきた」
事の経緯を簡単に社長に説明して、大翔は壁に凭れた。
瞬は大翔の隣で黙ったまま、社長を見ている。
衣装のポケットから携帯電話を取り出して、何か指示を出している。
「奴らが何者なのかはすぐに分かると思うわよ」
「変態に襲われた?!」
瞬からの報告を受けて、永久は大声を上げた。
大翔を控え室へ連れて行ってからすぐ、瞬は会場へ戻り、永久を引っ張ってきたのだ。
厄介なのは連れてくるなと大翔に言われたのだが、永久に知らせないと、後で叱られるのは自分だ。
「永久、うるさい!」
彼らの後ろでは、大翔は同僚のモデルに手伝ってもらいながら次の衣装を身に着けている。
永久の大声で、同じ控え室の出場者達から注目を浴びた。
「お前なぁ、何落ち着いてるんだよ?!変態に襲われたんだろ?何もされなかったか?」
「今騒いでどうするんだよ?いいから落ち着け。何もされてないから・・・・・・それから、このことは真琴に言うなよ?」
弟に余計な心配は掛けたくない。
「分かってるけどさぁ・・・・・・お前・・・・・・」
「大丈夫だって。なぁ、瞬?」
「え?あ、うん・・・・・・でも大翔くん、今日は一人で行動しないほうがいいと思うよ?」
「へいへい」
衣装を着た大翔が鏡の前で一回転する。
ふわりと香水の甘い香りが漂い、永久はグッと口元を押さえた。
「大翔!お前帰る前に絶対シャワー浴びて来いよ!!」
そのまま控え室を飛び出していく。
「なんだ、あいつ?」
きょとんとした眼差しを開いたままの扉に向ける大翔に、瞬は小さな溜息をついた。
「僕もその香水の匂いは苦手」
「そうか?俺はよく分かんないけど?」
くんくん、と匂いを嗅いでみるが、二人が言うほど鼻につかない。
「人を惑わせる匂いだよ」
「は?なんだそれ?」
「大翔くんは香水なんか付けなくったって、石鹸の匂いだけで十分魅力的だって言ってるの!」
タイミングよく、いや悪く?辺りがシンとした瞬間、瞬の声が控え室の中に大きく響いた。
「瞬・・・・・・その言い方、なんか誤解招かねぇか?」
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