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第78話
「高見沢、安藤達はまだ戻らないの?」
白髪の長い髪の毛先を弄びながら、彼女は足元に跪く男を見下ろした。
「はい、申し訳ありません。やはり自分が行くべきでした」
高見沢と呼ばれた男は、頭を垂れる。
「多少手荒なことをしても構わないと許可いたしましたが、尽く返り討ちになったようです。今からでも自分が行って御説明申し上げれば・・・・・・」
「およしなさい・・・・・・あの男に気付かれて邪魔をされては面倒です」
彼女はチラッとある方向を一瞥した。
「高見沢、携帯を」
大きな宝石が嵌め込まれた指輪が光る手を男に差し出す。
高見沢は胸の内ポケットに入れていた彼女の携帯電話を取り出して、彼女の手の上にそっと置いた。
少しの光でもキラキラと反射して輝くようにデコレーションされた携帯を開き、電話帳機能を立ち上げて、一つのナンバーを呼び出す。
ジャラッとストラップの束が音を立てた。
だが、ワンコールもすることなく聞こえてきたのは女性のアナウンス。
「お客様がお掛けになった電話番号は、現在、使われておりません」
彼女の形のいい眉がピクリと動く。
もう一度掛けなおしても結果は同じ。
仕方なく、別のナンバーを呼び出したが、こちらも同じアナウンスが流れただけだった。
彼女は更に別のナンバーを呼び出そうとして・・・・・・
「申し訳ありません。館内での携帯電話の御使用はお止め頂きたく・・・・・・」
通りすがりの・・・・・・いや、腕の腕章から会場の警備員であることは明らかなのだが、少々顔色の悪い男がにっこりと笑った。
ホホホッと上品そうに笑う彼女に対し、男も笑顔を張り付けたまま。
彼女はパチンと携帯を折り畳んだ。
「それでは奥様、この後もお楽しみください」
「えぇ。ありがとう・・・・・・・・・あなた」
ぺこりと頭を下げて去っていこうとした男を呼び止める。
「はい?」
「あなた、お名前は?」
優しく微笑みを浮かべる彼女に警戒心のカケラもない男は、素直に自分の名を口にした。
「水島と言います」
「水島さん、あれ誰?」
一緒に見回りをしていた仲間が、先程まで水島が営業スマイルを振り撒いていた相手に視線を向ける。
「知らないけど・・・・・・大翔くんのこと怪しい目で見てたから声掛けてみた」
「で、なにか分かったのか?」
二人は再び歩き出し、定時報告をするためにスタッフルームへ向かった。
「ん。あの婆さんの携帯の待ち受けに大翔くんが映ってた」
ちょうど進路方向に永久の姿を見付けた。
「うーん・・・・・・でも、なんかもうちょっと年上って感じがしたなぁ・・・・・・」
「はぁ?」
チラッとしか見ていないから、確かかと聞かれれば自信が無い。
「雰囲気がさぁ・・・・・・パッと見だけど、笑った顔が同じだったような気もするんだよなぁ?」
スタッフルームの扉の前に辿り着く。
「あ、大翔くんに似てたってことは、真琴ちゃんにも似てるってことだよね?」
ノックは三回。
中から応答は無いが、二人は名前を名乗ってノブを回した。
「おかえり、御苦労様」
スタッフの一人がにっこりと笑って二人を出迎えた。
部屋の中にはモニターがビッシリと並び、その前には三台のパソコンが稼動している。
モニターの映像は数秒毎に場所が切り替わっていく。
ブロック毎に分かれたチームリーダーの報告がスピーカーから聞こえ、彼が指示を出している。
「何回見ても秘密組織の司令部って感じだよな」
ワクワクと瞳を輝かせて、水島は近くのパイプ椅子に腰掛けた。
「ごめん、待たせたね。報告を」
二人へよく冷えたペットボトルのお茶を差し出して、水島達の前に彼は腰を下ろした。
その頃永久は、父親の源三と真琴の近くにいた。
(・・・・・・・・・親父、隣の真琴と援助交際中、って感じに見えるぞ!!)
呆れた眼差しを向けて小さく息を吐き、気を取り直して、ぐるりと会場を見回した。
ふと、一ヶ所にド派手な羽根飾りをつけた帽子が見えて目を凝らす。
あれでは後ろの客はさぞ見辛いに違いない。
入場する時に係員が注意したはずだが、と思いながら永久はゆっくりと近づいていく。
なぜか、頭の中で警笛が鳴った。
「おや?」
帽子の羽根飾りが揺れて、顔が上がる。
「く、くっそババァ!!!」
永久はその人物の正体を知り、思い切り叫んでいた。
「言葉が過ぎますぞ!」
彼女の足元にいた男が立ち上がる。
その男の存在に気付いていなかった永久は数歩下がって、ギラリとキツイ眼差しを二人に向けた。
先程の永久の大声で、周囲からは注目の的である。
けれど構わず永久は続けた。
「なんでババァがココにいる?!」
「相変わらず喧しい子だねぇ・・・・・・招待状が来たからに決まってるだろ?」
ヒラヒラと白い封筒を振り、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
「ババァに招待状なんか送るわけねぇだろ!!どこから手に入れた?!」
「ネットオークションで三万円もしたわ!!」
胸を張って、指を三本立てる。
「さ・・・・・・三万って・・・・・・一般客って無料で入れるはずだけど?」
真琴は双眼鏡で永久を見ていた。
彼が『くそババァ』と呼んだ女性には見覚えがある。
彼女は一度だけ、永久が見せてくれた写真の中に写っていた。
中でも彼女はド派手な洋服を身に纏っていて、更に真ん中を陣取っていて、その写真を手に取った人は必ず最初に見るだろう。
あの時、永久は真琴に写真を見せながらこう言った。
「この女は敵だ!」
パッと見は、どこにでもいる、ちょっと派手目なおばさん、という印象だったのだが、永久の一言で見る目が変わる。
彼女の事を詳しく知っているわけではないけれど。
名前だって知らないけれど・・・・・・
「パパ・・・・・・あそこに敵がいるわ!」
ステージ上に現れたモデルに手を振っていた源三の肩をトントンと叩いて振り向かせる。
「は?敵?」
真琴が指で示す方角には・・・・・・
「あの女!!」
勢いよく源三が立ち上がり、彼女の方へ向かって行く。
その後に真琴が続いた。
「帰れよ!!」
永久の声が先程より大きくなった。
「目的を達するまでは帰らなくってよ?」
「あ!!まさか、さっき大翔を襲った連中って、あんたんとこの!!!」
(え?)
真琴にとっては初耳な出来事。
「お兄ちゃんが襲われた?!」
そして、同じく、その事実が初耳だった源三は・・・・・・・・・
「貴様・・・・・・俺の大翔になんて事をしたんだ?」
カチャリと黒光りするものを女性の眉間に突きつけた。
いったい、いつの間に距離を縮め、尚且つ、永久と女性の間に割り込んだのか?
永久は突然目の前に沸いて出たかのような父親のせいで、後ろへ数歩よろめき、ドンっと誰かにぶつかった。
振り向くと、そこには真琴がいて・・・・・・
「お兄ちゃん襲われたの?」
不安げに揺れる瞳が永久を見上げる。
「大丈夫だ、心配ない。皆返り討ちにしたから」
よしよし、と真琴の頭を撫でて、再び視線を戻す。
周囲の観客達も息を呑んで成り行きを見守っている。
「あの時見逃してやった恩を仇で返すとは・・・・・・やはり、あの時息の根を止めておくべきだったな」
鋭く光る源三の瞳。
先程まで、真琴の隣ででれぇっと伸びきった笑顔だった男は、今やその面影をどこにも感じさせない。
まるで、映画に出てくる殺し屋の雰囲気を身に纏い、源三は引き金を引いた。
パン!!!!!
周囲からは悲鳴が上がる。
女性は泡を吹きながら白目を向いて後方へ倒れていき、床に後頭部を打ち付ける前に男の手が抱き止めた。
「?」
永久は首を傾げた。
源三に返り血はついていない。
それどころか、撃たれたはずの彼女の服に変化はなく、赤く染まったところも穴が開いたところもない。
「奥様ぁ!!奥様ぁ!!」
男が彼女を揺すると、低く唸っている。
つまり。
「音だけ?」
パニックを起こしかけていた会場にアナウンスが流れる。
今のは演出であるとされた。
映画『ゴッドファーザー』にそのまま出演できるような男が、ド派手な帽子の熟女に発砲・・・・・・
いったいどんな演出だという突っ込みは各場所で囁かれたことだろう。
弾丸は飛び出していない銃口から立ち昇る硝煙にフッと息を吹き掛けて、源三はニッと笑った。
「大翔に二度と近寄るな・・・・・・・・・・あの子を貴様の孫などとは呼ばせない」
ほれっと銃を差し出され、真琴はスッと手を伸ばした。
(お兄ちゃんが、孫?)
安全装置、撃鉄・・・・・・撃ったばかりで熱い銃は真琴の手に納まる。
「パパ、この人は・・・・・・・・・真琴にとっても」
「お前らの親父さんが殺された時に何も出来なかった・・・・・・・・・いや、どっちかってぇと破滅の魔女に手を貸した連中だ」
源三が、ぼそっと呟いた真琴の肩を抱いた。
「今頃、大翔の事が欲しいってか?」
バタバタと警備員が駆けつけてくる。
「何の冗談だ?」
直後、ファッションショーは中止となり、残りを次の日に延期するとアナウンスが流れた。
スポンサー側は大慌て。
二日前に、『今後一切、Cross of the blood(血の十字架)の大翔には手を出さない』協定が結ばれたはずだった。
源三が真琴を連れて世界中を回り、脅迫・・・・・・もとい、お願いして回ったのだ。
まぁ、それでも手を出してくる連中もいるだろうと想定はしていたが・・・・・・
こんなにも早く、しかも、元、大翔の身内が手を出して来るとは・・・・・・・・・
「見せしめのために・・・・・・・・・なぁ真琴、この連中、どうしてくれようか?」
「真琴が決めていいの?」
ふわりと足元から風が舞い上がり、真琴の髪が靡く。
「大好きなお兄ちゃんの・・・・・・・・・敵、ですもの」
ギラッと瞳が紅く光る。
「二度と復活できないようにしてあげるわ」
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