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第79話
「ヤダ!!」
永久が玄関の扉を開けた時、瞬の声が響き渡った。
「瞬?」
何事かとリビングに駆け込む。
携帯を耳から離して、瞬は振り返った。
入口に立っている永久と目が合うと、ギッと涙目の弟が兄を睨みつけ、そして、携帯に向かって再び叫ぶ。
「絶対ヤダ!ムリッ!!」
そのまま携帯をソファに向かって投げ付ける。
「兄ちゃんなんか、大嫌いだぁ!!」
「な?!」
力いっぱい叫ばれて、永久はその場に硬直してしまう。
弟に嫌われるようなことをした覚えは、全く無い!!
それなのに・・・・・・
「ばかぁ!!!」
ドンっと派手に永久を突き飛ばし、階段を駆け上がっていく。
そんな瞬に声を掛ける事も出来ず、永久はその場で弟の背中を見送った。
「俺が何したんだよ?」
リビングに視線を戻せば、ソファの上には開いたままの携帯が転がっている。
原因は、携帯の相手にあるのかと拾い上げ、既に表示の消えていたディスプレイに着歴を呼び出す。
「親父?」
「それ瞬のでしょ?いくらお兄ちゃんでもプライバシーの侵害じゃない?」
突然背後から掛けられて、何も疚しい事はしていないと思いつつ、ドキンと心臓が大きく跳ねた。
「ま、真琴、『ただいま』は?」
少しだけ声が裏返る。
(だから俺!何も悪いことしてねぇっての!!)
「言ったわよ?瞬の『ばかぁ!!!』の前に、二回ほど」
少々機嫌の悪そうな真琴はリビングを横断し、キッチンへ入って行く。
「き、気付かんかった・・・・・・」
「で?永久くんは瞬に何したの?」
真琴が珍しく永久の分までコップに冷たい麦茶を入れてやりながら、ソレまでの経緯を説明するように促した。
「それが俺もさっぱり・・・・・・?」
ぐしゃぐしゃっと前髪を掻き乱したところで、今度は永久の携帯がメロディーを奏で始めた。
その音楽は、ある一人の人物から掛かっている事を示していて・・・・・・
「てんめぇ!親父!!!瞬に何言いやがったぁ!!!」
耳に当てることなく、携帯に向かって叫んだ。
真琴はそんな永久の額を、いつの間に持っていたのか、丸めた新聞紙でポコリと叩いて、その手から携帯を抜き取って自分の耳に当てる。
「源三パパ?うん、真琴・・・・・・何があったの?」
額を叩かれ、一瞬何が起こったのか分からなかったが、ハッと我に返ると、永久は真琴が持つ携帯に自分の耳を近づけた。
聞こえないけれど・・・・・・・・・
(いったい何言いやがったんだ!!)
「永久くんがお兄ちゃんのエスコートするのは決まってたでしょ?え?そっち?だって、それは瞬がするはずじゃあ・・・・・・?」
瞬がどれだけ楽しみにしているか知っている真琴は、これか、と頭を抱えた。
急なメンバーチェンジ。
瞬にとっても、大翔の存在がどれほど大きいものなのかを改めて再認識させられた。
「それで、瞬には何て説明したの?え、してないの?ただ、明日のエスコート変更って言っただけ?」
とりあえず、源三の事は真琴に任せて、永久は瞬の部屋へ向かった。
ノックをしても中から返事は無い。
「瞬?おーい?開けるぞ?」
一応声を掛けてから扉を開ける。
扉は何の抵抗もなく開いたのだが、そこに瞬の姿はなかった。
「瞬?」
廊下にも瞬の姿はない。
トイレにもいない。
(いったいどこに・・・・・・って、まさか!!)
永久は大翔の部屋の前に進んだ。
そっとノブに触れ、ゆっくりと回すが・・・・・・
ガチッ!!と音がして、それ以上ノブは回らなかった。
(ここかよ)
永久は額を扉にゴンとぶつけた。
「瞬」
トントンとノックをするが、中から返事はない。
「大翔の部屋で篭城すんなよぉ」
「今日から僕と大翔くんの部屋にするんだもん!!」
「大翔は俺の何だけどぉ?」
「兄ちゃんなんか全然気づいてないくせに」
「はぁ?おい、瞬?」
情けない声を出して扉に張り付く永久を見て、真琴は小さく溜息を吐き出した。
「永久くん・・・・・・お兄ちゃんが帰ってくるまでそっとしておいた方がいいんじゃない?」
大翔は今日のステージでつけた香水の匂いを落とすため、事務所に寄ってシャワーを浴びてくると言っていた。
念のため水島を護衛に付き添わせている。
「真琴、俺の携帯は?」
差し出された永久の手に携帯を乗せると、そのまま電話帳機能を呼び出して耳に当てた。
「永久?」
「大翔?ごめん、すぐ帰ってきてくれよ・・・・・・匂いなんていいから・・・・・・・なぁ、大翔」
(うわぁ・・・・・・大ダメージ受けてるじゃん、永久くんったら)
永久はその場にずるずるとしゃがみ込み、ボソボソと今の状況を話している。
「瞬が何を怒ってるのかさっぱりで・・・・・・俺ではお手上げで・・・・・・なぁ、大翔」
大翔にはこんな弱った姿を見せるんだなぁと思いつつ、真琴は永久と同じようにその場に腰を下した。
「分かった、待ってるから・・・・・・早く帰って来いよ・・・・・・」
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