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第81話

翌日。 ファッションショーの続きが、前日の騒ぎなど無かったかのように開催された。 客足も前日より多いようだ。 専属のスタイリストが二人ずつついて、モデルらに衣装を着せていく。 大翔のエスコート役を引き受ける事になった永久も、同じ部屋で衣装を身に着ける。 あの後、事の顛末を大翔に説明したのだが・・・・・・ その時のリアクションより気になったのが、瞬が口にした名前だ。 (『アリス』って誰だよ?) 永久は首を傾げた。 昨夜風呂から出ると、随分機嫌のいい瞬が目をキラキラ輝かせて、大翔に抱きついて言っていたのだ。 「僕も『アリス』と一緒に出られるよぉ!!!」 と。 大翔は苦笑していた。 「なぁ、『アリス』って誰?」 そう永久が口にした途端、大翔がギクッと表情を強張らせたことを彼は見逃してはいない。 だが、それ以上は聞けなかった。 「お兄ちゃん・・・・・・真琴、今日は疲れたから一緒に寝てもいい?」 もちろん、真琴にそう言われて大翔が断るはずもなく・・・・・・・・・ 「ほら、瞬も・・・・・・狼化するなら、一緒に寝てもいいわよ?」 「え?ほんと?なるなる!大翔くんと一緒に寝るぅっ!」 「僕は?真琴ちゃん!僕はぁ?」 「・・・・・・・・・俺のベッドに四人はきついだろ?」 真琴が大翔の手を引っ張って、その後ろに瞬と水島が続いて大翔の部屋に引っ込んでしまったから。 (その後、親父もワザとらしい動きで俺のこと避けるし・・・・・・・・っつうか、大翔は俺のなんだけど?) この日の夜は『アリス』の事を聞けなくても、次の日ゆっくり大翔に聞けばいいと思っていたのだが・・・・・・・・・ 「じゃぁ、上脱いで下さい」 着替えるのを手伝ってくれている女性に言われて、永久はボタンに手を掛けた。 「え?」 白いシャツが肩から滑り落ちた瞬間、女性の顔がボッと真っ赤に染まる。 同時にガチャッとノブが回り、ノックも無しに扉が開いた。 「大翔くん、上手く着れる?それ、脇の辺りなんだけどぉ・・・・・・」 中に入って来たのは女社長だった。 そのまま、話の途中で永久の背中に釘付けになる。 「なんですか、エッチ!」 そう大翔に言われて、ハッと我に返った社長は後ろ手に開けたままだった扉を閉めた。 「永久くん・・・・・・あなた背中の傷・・・・・・・・・・・・」 いつものことなので気にしていなかったが。 「あなたの彼女って、激しいのねぇ」 にやぁっと社長の顔が緩んだ。 「ばっ!!違う!!これ大翔が!!」 「知ってるわよ。何慌ててんのよ、バカねぇ」 社長にからかわれて脱力する。 大翔の癖を知っている人間なら、永久の背中の傷の原因は察しがつく。 だが、この部屋には大翔の癖を知らない人間が二人いた。 スタイリストの女性二名。 彼女達の頭の中では・・・・・・ (この傷って、まだ新しい・・・・・・出来立てって感じじゃない?ってことは昨日の夜も・・・・・・) 彼女は永久に衣装を手渡しながら頬を染めた。 (可愛いだけじゃなくって、やること、やってんのねぇ) 大翔の髪を弄りながら、鏡越しに彼の顔を凝視する。 「なんか俺たちのこと誤解してません?」 訝しげな表情で見上げてきた大翔に引き攣った笑顔を向けて、首を左右に振る。 (今時の子って・・・・・・性別関係ないのかしら?って、相手があれだけ格好良ければ・・・・・・いいかぁって気にもなるのかしら?) チラッと永久を一瞥する。 (そりゃぁ、あの子可愛いものねぇ・・・・・・まさに美男美女って感じで・・・・・・・ちょっと待って・・・・・・あの子、男の子よねぇ?) 永久の衣装のチェックをしながら、チラッと大翔を一瞥する。 二人はほぼ同時に溜息を漏らした。 (どっちにしろ、羨ましいわぁ) (はぁ、ご無沙汰だわぁ) 大翔より早く準備の整った永久は、なにやら妙な空気を漂わすスタイリスト達を横目に大翔に近づいた。 「なぁ、今日は例の香水つけねぇの?」 くんと鼻を鳴らすと、シャンプーの匂いだけが漂ってきた。 「あぁ、あれは改良が必要なのよ。それで、今日はこっちをつけてもらうわ」 シュッと空気中に一吹き。 「これで世の男共を虜にするのよ!!」 「するかっつぅの!!!」 大翔のツッコミをさらっと流して、社長はその香水を他の出場者達にも配るために部屋から出て行った。 「ったく・・・・・・永久、肩貸して」 すっと伸ばされた大翔の手が永久の肩に置かれる。 カツンとヒールが音を立てた。 「きつかったり、痛いところ、ありませんか?」 「大丈夫です」 大きな姿見の中の自分を見て、隣に立つ永久に視線を移動する。 「いい男じゃん?」 ニッと唇の端を吊り上げて笑う。 「大翔も似合ってるぜ?」 「それは嬉しくない」 お互い顔を見合わせて笑う二人を、少し離れた場所でスタイリスト達は眺めていた。 (お似合いのカップルよねぇ)

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