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第82話

会場の照明が落とされた。 客席がざわつく中、ファッションショーの進行役が今日行われるショーの内容を説明。 「それでは、皆様、お待たせいたしました」 ステージ上にモデル達が一列に並び、一人ずつスポットライトが当たる。 全員が右から左へ会場を見渡し、ある一点で視線を固定した。 そのまま、にっこりと微笑んでウインクを一つ。 ステージに上がる前、突然社長が出した指示通りの方角を向いて・・・・・・ 頬を染めて・・・・・・ 少々俯いて、視線は上向き・・・・・・ 目なんか潤ませてみたりなんかして・・・・・・ (って、なんで俺がこんなことしなきゃならねぇんだよ!!) 心の中で文句を言いつつも、やるからには完璧にこなす。 司会がしゃべっていることなんて全く耳に入ってこなかった。 (・・・・・・この方角に何かあるのか?) リハーサルとは違う動き。 モデル達に向かって「左側、前から三番目の非常口の辺りへ向かって色気を振り撒け!!」という指示を出した。 それも一人一人に対して、細かな注文をつけていた。 (誰がいるんだ?) スポンサーの中の、最高権力を持った人物でもいるのかと、大翔以外の出場者達は気合十分、やる気満々の色気を放出している。 そんな左側、三番目の非常口扉前には、六人の男達がいた。 「ぐおっ!!」 男は滴り落ちる鼻血を両手で抑えながらも、ステージ上に釘付けだった。 「会長、大丈夫でありますか?」 箱ごと持参していたティッシュを男に差し出す。 一人が男の背中を摩り、二人がハンカチで風を送り、一人が真っ赤に染まったティッシュをゴミ箱で受けていた。 「だ、大丈夫だが・・・・・・と、止まらん・・・・・・」 ボタボタと滴り落ちる量は半端じゃない。 「会長、このままでは出血多量で・・・・・・」 「ば、馬鹿者!!折角私の為に彼女が用意してくれたんだ!!」 ティッシュの箱が空になった。 「彼女達の為に、出資を倍・・・・・・いや、五倍に!」 「はい。すぐに手配いたします・・・・・・ですが会長、ここは一旦引き上げましょう!」 「そうですよ、会長!このショーは会長にとって刺激が強すぎます!!」 「お、お前たちぃ・・・・・・す、すまない・・・・・・ビデオを撮っておいてくれ」 じわりと浮かんだ涙を袖で拭って・・・・・・一緒に鼻血もついてしまったが・・・・・・ 彼らは非常口から外へ出た。 (誰か気分でも悪くなったかな?) 哀れみの表情を浮かべて、大翔は元の位置に戻った。 次はエスコート役をそれぞれ連れて、一人ずつステージに上がる事になる。 ステージを下りてきた大翔に永久はすぐ駆け寄ってきた。 「大翔、衣装チェンジだろ?こっち・・・・・・」 腕を取られて引っ張られていく。 「ちょっと、永久、俺ヒール履いてるから、もう少しゆっくり・・・・・・」 「あぁ、わりぃ・・・・・・足、痛めてないよな?」 「平気・・・・・・で、何慌ててんだよ?」 スピードを落とし、人の間をすり抜けながら永久に問いかける。 永久はそっと大翔の腰を抱き寄せて、その耳に囁いた。 「別に・・・・・・二人っきりになりたいなぁって思っただけ」 「は?」 大きな目を更に大きく開いて、驚いた大翔に満足げな笑みを浮かべて永久は手を離した。 「最近バタバタしてたろ?」 「あんなに密着する必要ある?」 真琴はモニターを見ながら首を捻った。 各控え室の様子が映し出された画面数台を前にして、真琴はパイプイスに座っていた。 その隣には、水島がもちろんいるわけで。 「真琴ちゃんのことを噂してるんだよ、きっと」 本日、水島は真琴の側にいることが仕事だ。 手元の機会を操作して、兄をクローズアップさせる。 「まぁ、お兄ちゃんも嬉しそうだから、いっか」 それから二人は暫く黙ったままモニターの中の永久と大翔を観察していた。 「ねぇ、水島ちゃん」 「ん?」 「『アリス』のことなんだけど・・・・・・午後からの・・・・・・お兄ちゃんと打ち合わせしたいのよねぇ」 「うん」 真琴は温くなったコーヒーを飲み干して、モニターから視線を外した。 「このステージが終わったら、お兄ちゃんを攫ってきてほしいの」 「永久くんが、がっちりガードしてると思うけど?」 見てみて、と画面を指差す。 控え室に大翔を呼びに来たスタッフを睨みつける永久がアップにされる。 「昨日のことがあるから随分警戒してる。あの『何の用だテメェ、近づくんじゃんねぇよテメェ』オーラ・・・・・・あそこから大翔くんを連れ出すとなると大変だ」 怯えるスタッフ。 睨みつける永久の腕を取って大翔が控え室を出て行く。 「だ・か・ら!水島ちゃんにお願いしてるんじゃないのぉ・・・・・・ね?ダーリン?」 『アリス』としての活動は大翔がバイトしている先の女社長から聞いて知っている。 未だ、永久だけ『アリス』の正体に気付いていないということも。 (街中にあんな大きなポスターとか看板で『アリス』が笑っててもお兄ちゃんだって気付かないんだから・・・・・・『アリス』って永久の好みじゃないのかしら?) 「で、永久・・・・・・ステージ上でお前俺に何してくれるんだ?」 ステージの袖にスタンバイ中の大翔は、既に腰に手を回している永久を見上げて問いかけた。 「ん~?ちょっと刺激強くてもいいかなぁとかぁ?」 (刺激?) 「で?」 上目遣いで見詰められて、永久は顔を背けた。 「言ったらお前怒るじゃんよ?」 「俺が怒るようなことをする気なのか?」 間髪入れずに返されて、永久は口を閉じる。 「・・・・・・いや、その・・・・・・・・あのぉ?」 「ま、いっか?」 (いいのかよ?) よしっと心の中でガッツポーズを決めて、永久はニッコリと笑った。 「それは本番でのお楽しみってことでさぁ」 「でも俺が怒るようなことなんだろ?」 「やってみないと分かんないし?お前初めてじゃないから大丈夫だって!」 「だから何が?」 大翔の眉間に刻まれる皺を揉み解してやる永久の頬を抓って引っ張る。 「ひみちゅれす」 「なんだ、あのダレ切った顔は・・・・・・」 息子達に気付かれない位置で源三と水島は二人の様子を伺っていた。 「次の次が大翔くん達の番だからね」 そして、なぜか瞬が隣にいた。 「大翔くんを拉致った後の永久くんの処理は僕に任せてください、源三パパさん」 「頼んだよ、水島くん・・・・・・永久は、大翔のことになると目の色が変わるから何されるか分からないよ?くれぐれも気を付けてね!」 健闘を祈るよ、と源三は親指をビッと立てる。 「了解です!」 こちらも親指を立てる。 「僕はどっちのフォローも出来るように待機してるね」 瞬も自信満々に親指を立てた。 源三は苦笑する。 「俺親バカじゃないよな?あの中で大翔が一番可愛く見えるけど・・・・・・」 (十分親バカですよ?) 「そんなことないですって!」 軽く源三の背中をパンパン叩いて、ステージに向かう大翔達を見送った。 三人の視線の先で、永久が大翔を抱き上げた。 この永久の行動は大翔の中で予想範囲内だったようで、慌てた様子はない。 しっかり永久の首に腕を回し、会場を笑顔で見渡している。 そんな大翔の耳元に顔を近づけ、何かを囁きかけると、大翔の頬が一瞬にして真っ赤に染まった。 「何言ったんだろ?」 隣で首を捻る瞬。 「可愛いねぇ、あんなに真っ赤になっちゃって」 ニコニコの源三。 (親バカ全開ですね)

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