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第83話

会場は暗くて、観客がどんな顔をしているのかは分からない。 永久は二日目の座席表を思い出していた。 前の方の観客は業界関係の仕事をしている人達ばかりのはずだが、一般客は年齢層幅広く女性が多かった・・・・・・・・・ 花道の先端部にまで大翔を運んで行って、永久は兄の耳にそっと囁いた。 「大翔、俺のこと脱がして」 瞬間、ボッと大翔の顔が真っ赤に染まった。 「な、なに考えてんだよ?」 真っ赤になった顔を永久の胸に押し当てて、大翔が小さく抗議するが、そんな大翔の腰をぐっと抱き寄せて、永久は再び囁いた。 「今日はセクシー路線でいこうと思って・・・・・・」 この状況で既にあちこちから黄色い悲鳴が上がっている。 「は?」 ふっと顔を上げた大翔の頬にキスをして、更に囁く。 「・・・・・・ところでさぁ、なぁ、『アリス』って誰?」 ぴたりと大翔の抵抗が止まった。 二人は見つめ合ったまま、大翔の指が永久の着ているシャツのボタンに掛けられた。 「あの二人は何をする気なんでしょうね、源三パパさん」 これはファッションショーである。 「なんで大翔くんは永久くんの服を脱がしてるんでしょうね、源三パパさん?」 主役は衣装である。 「永久くん、とうとう上半身剥かれちゃいましたね・・・・・・源三パパさん?」 露になった永久の背中には、艶かしい爪痕。 「源三パパさん?」 話しかけても一向に返事がない源三に振り返ると、なぜか小さな鏡を見ながら髪型を整えていた。 「何してるんですか?」 「なんだか大翔に呼ばれてるような気がしてね」 この一角は大翔達からは見えないはずなのだが。 「感のいい子だから・・・・・・まぁ、ステージを降りたら大翔一人を連れ出す事は不可能だね」 パイプイスから音を立てないように立ち上がり、胸のポケットからサングラスを取り出した。 「ちょっと行って大翔を攫ってくるよ」 じゃぁ、とステージに向かっていく源三の背中を見送って、瞬も席を立った。 「・・・・・・んじゃぁ、僕ら二人で兄ちゃんを何とかしないとなぁ」 一本のスポットライトが花道の先端にいる二人とは違う場所に落ちた。 会場のあちこちで黄色い声援を送っていた女性達が一斉に言葉を失い、その方角を見詰める。 そこには一人の男が立っていた。 黒いスーツの胸元には銀色の髑髏が光り輝いている。 濃いサングラスをしていて目元は分からないが、口元にはニヒルな笑を浮かべ、火のついていないタバコを一本咥えていた。 大翔の位置からは男の姿は見えなかったが、この会場全体を包む雰囲気から察していた。 会場には男の靴音だけが大きく響いている。 腰を抱いていた永久の腕が緩み、大翔はゆっくりと体を離して、近づいてきた男を漸く見る事が出来た。 二人の視線を痛いくらい感じながら、彼は二人から一メートルぐらいの位置で足を止めた。 源三は永久に向かってニッコリ笑みを浮かべた。 そして、視線を大翔へ向ける。 「二人共、よく似合ってるぞ・・・・・・でだ」 大翔へ手を差し伸べる。 「大翔、今度は俺と一緒に歩いてほしいんだけど、いいか?」 小声でのやり取りは、客席には一切聞こえていない。 「いい?じゃねぇんだよ・・・・・・なんで大翔が親父と歩くんだよ?」 大翔を背後から抱き締めて、永久が睨みつける。 「嫉妬か?」 「大翔は俺んだから!」 ベッと舌を出す。 「まったく・・・・・・可愛くないぞ」 溜息と同時に、源三が一気に二人との距離を縮めた。 「え?」 何事かと驚いて緩んだ永久の腕から大翔を引っ張り、その耳に囁き掛ける。 「真琴ちゃんが『アリス』の打ち合わせをしたいって」 そのまま大翔を肩に担ぎ上げる。 大翔は大人しくされるがまま。 「ちょっ!親父!!」 素早く方向転換して去っていこうとする父親を慌てて追いかけるが、人一人担いでいるとは思えない速さで離れていく。 (親父を止めるには、奥の手が!!) 客席から見えない位置に入ったところで、永久は大声で叫んだ。 「お父さん!!」 効果は抜群。 ぴたりと源三の足が止まった。 (よっしゃ!!) 普段呼ばれ慣れていないため、『お父さん』と呼ばれると感動する源三の弱点をつき、永久は二人に追いつく事が出来た。 でれぇっとだらしなく伸びた父親の顔を呆れた眼差しで見詰める大翔を離させて、自分の背後へと隠すと、永久は源三の頬を力一杯抓った。 「コラ!永久!何をするんだ!」 我に返った源三に払われた手を振りながら、永久が睨む。 「何するんだじゃねぇだろ!てめぇこそ何するんだ!!」 「俺は大翔に用がある。永久は後で構ってやるから、そこを退け」 「構わなくていい!!大翔に何の用だよ!!」 「それは大翔に話すから、永久、大翔を渡せ」 「嫌だね!てめぇの目的を言えよ!!」 「永久、ちょっと大翔を過保護にしすぎだ。そんな四六時中一緒にいなくたって良いだろ?」 二人のやり取りを少し離れて見ていた大翔の背後から誰かがトントンと肩を叩いた。 振り返ると、シッと口元に指を当てた瞬と水島がいて・・・・・・ 「今のうちに・・・・・・真琴ちゃんのとこに案内するから」 ついてきて、という水島達の後を追う。 (永久には悪いけど、最後モデル全員が並んで名前呼ばれるからなぁ・・・・・・『アリス』って呼ばれたら・・・・・・) 大翔がいなくなってから数分後、永久は漸く大翔がいなくなったことに気付いた。 「ひろ・・・・・・大翔がいない!!!」 「永久、落ち着け」 先程水島達の後についていく大翔に気付いていた源三は役目が逆になった事に溜息をついた。 (あの二人、永久のことよく解ってるなぁ?)

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